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2013年1月31日 (木)

うどんの違い

Nakayama  

「同じ店なのに、中山と東京とで食堂の味が違う」と書いた先日の記事に対して、「そんなことはないはず」「気のせいでは?」というご指摘をいただいたので、今日はその話を蒸し返すことにする。

上の写真は中山競馬場『梅屋』のかけうどん。あまり頼まないメニューなのだけど、分かり易くするために敢えて“かけ”にした。

そして下の写真が東京競馬場『梅屋』のうどんである。

Fuchu_2  

写真では分かりにくいかもしれないが、麺の太さがはっきり違う。中山の麺は幅4ミリ、厚さ3ミリ程度のやや平打ちの中太麺。対して東京のそれは1辺が6ミリはあろうかという正方形の太麺である。すなわち、使っている麺からして違うのだから「味が違う」のは明白であろう。ちなみにダシの味についても東京の方がやや濃い目のように感じられるのだが、同時に食べ比べるのが困難であるゆえ、筆者の錯覚である可能性も否定しない。

あまりに気になったので店のオバちゃんに直接聞いてみた。

「こちらは中山の(東京の)梅屋さんと同じ店ですよね?」

「はい、そうですよ」

「なるほど。なのに、どうして使っている麺が違うのですか?」

「えっ? そうなんですか? いや、まったく同じだと思うんですけど……」

なんと、中山でも東京でも同じ答えが返ってきたのである。麺の違いを意識していないとなれば、ダシについても同じであろう。それにしても、いったいなぜこうも違うのであろうか? 謎は深まる。

ひょっとしたら、中山界隈では近隣の成田発祥「成富うどん」に倣ってパスタのように細目でつるりとした平打ち麺が当たり前で、「武蔵野うどん」に代表される東京多摩地域の府中では太く硬い麺がやはり当たり前なのかもしれない。地元採用が多いであろうお店のオバちゃんたちも「うどんと言えばこの麺が当たり前」と思っているのだとしたら、中山と東京とで使っている麺が違うことを意識することもなかろう。

『梅屋』においては、たっぷりの豚肉をトッピングした「肉うどん」を定番メニューとする私にしてみれば、「肉汁うどん」の異名を持つ「武蔵野うどん」風の太麺の方が好み。だが、もちろんこれは個人の好みの問題である。

ところで、東京近辺ではちょっとした武蔵野うどんのブームメントが起きつつある昨今であるが、府中駅前にはそんなブームの以前から暖簾を掲げ続ける武蔵野うどんの専門店がある。

その名も『武蔵野うどん』。

やや褐色かかった太麺はエッジもきりりと美しく、軽く噛めばクンと押し返してくるコシの強さを誇り、しかもその喉越しは快感至極。豚肉の旨味が十分に溶け出たつけ汁を絡ませて、ぞぞぞぞーっ!と一気に啜りたい。無骨と言えば無骨。だけど美味いのだから文句はあるまい。

年中無休。しかも昼から通し営業というスタイルは、競馬ファンにもありがたい存在である。京王線を利用して東京競馬場に向かう際は、府中駅から競馬場まで歩くことと引き換えにしても、ついつい立ち寄ってしまう一軒だ。

Musashi

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2013年1月30日 (水)

夜汽車に乗って

Ginga  

鉄道の話が続く。

遅くなった仕事の帰り。いつも何気なく利用している駅で、夜行列車の行先案内がふと目に留まり、そのまま飛び乗ってしまいたくなるような衝動に襲われた経験をお持ちではありませんか?

私はあります。鹿児島や長崎といった見慣れぬ土地への夢や憧れ、あるいは古里への郷愁。夜行列車にそんな思いを重ねた貴兄は決して少なくあるまい。だが、それも昔話になりつつある。

「食堂車を見かけなくなった」と昨日書いたばかりだが、あれほど興隆を極めた夜行列車たちが姿を消して久しい。

ビワハヤヒデの神戸新聞杯は、夜行急行「銀河」に揺られて見に行った記憶がある。新幹線なら2時間半の距離も、在来線急行だけに8時間以上を要した。しかも、それで料金が新幹線より高いのだから不合理も甚だしい。ただ「旅」の本質は目的地での見聞のみならず、その行程にこそあるというのは昨日も書いた通り。そう思えば、合理性を追求するあまり目的地の周遊以外はおろそかにしがちな現代の風潮にこそ誤りがある。

なんて、偉そうなことを書いておきながら、実は合理性を求めて夜行列車を利用したこともある。これも10年以上前のことだが、日曜の函館競馬場から月曜の静内のセリに移動するのに夜行急行「はまなす」を利用した。夏のセリシーズンになると誰もが直面する「函館競馬終わりの静内への移動問題」だが、このルートを見つけた時は、ついに長年の問題が解決したと喝采を叫んだものだ。

7時間(当時)にも及ぶクルマの運転は論外。飛行機で丘珠まで飛んで一泊し、翌朝クルマで3時間というのも、幾度にも渡るチェックインやら何やらで面倒極まりない上に高い。特急「北斗」から日高線に乗り継いでも、静内到着は深夜になってしまう。

そこで急行「はまなす」である。函館での時間がたっぷり確保できる上に、現地到着もセリ開始にちょうどよい朝のうち。むろん宿を手配する必要はない。なぜこれに気付かなかったのであろうか。

もし馬券で儲かったのなら、『鮨金』で思う存分寿司を堪能するのもよし。もし惨敗を喫したならば、函館ナイター競輪で取り返すのもよし。勝ち負けトントンならば、谷地頭の市営温泉にゆっくり浸かって汗を流し、函館山の夜景を楽しむのもよろしかろう。でも、まあ、だいたいどのコースを辿っても、「はまなす」に乗る頃は疲れも溜まってきてぐっすり眠れそうだ   と思いきや、車内では眠ろうにもなかなか寝付けず、結果クタクタになって目的地に到着することになるわけですけどね。喝采を叫んだわりには、一回やっただけで「もうコリゴリ」になってしまった(笑)

とあるJRAの騎手が、船橋の交流競走に騎乗した翌日に函館で追い切りに乗らねばならなくなった。だが、レースを終えてからでは函館行き最終便には乗れず、かといって翌朝の一番機では追い切り時刻に間に合わない。そこで、夜の便でいったん千歳に飛び、南千歳駅で上りの「はまなす」に乗りこみ、翌朝の追い切りに間に合わせたという話を聞いたことがある。

上り「はまなす」の函館到着って、2時52分ですよ。

これは凄い。さぞかし疲れたことだろうと思ったのだけど、ぜんぜん苦にはならなかったそうだ。疲労感よりも、充実感や達成感の方が上回ってしまうのだと言う。ふーむ、プロですね。あの日セリ会場で居眠りばかりしていた私は、プロには程遠いということです。

Hamanasu  

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2013年1月29日 (火)

食堂車

Hokutosei
 

「競馬食堂」の題字を掲げておきながら、昨日は食堂にネガティブな内容を書いてしまったので、今回も食堂についての話。

「食堂車」を見かけなくなって久しい。JRで今も残るのは一部の長距離寝台夜行列車のみ。いちど「北斗星」や「カシオペア」には乗ってみたいとは思っているのだが、私がここで取り上げたいのは豪華フランス料理のディナーや懐石料理を楽しみつつ、夫婦でワインを傾けたりするような食堂車ではない。

一人旅に携えた文庫本は既に読み終え、さりとて眠りにつくこともできず、車窓を眺めるのにもいい加減飽きた頃合いで、「そうだ、この列車には食堂車があったな」と思いついて、やおら向かうような、そんな食堂車である。注文するのはサンドウィッチと小瓶のビール。小ぶりのグラスにゆっくりとビールを注ぎ、ゆっくりとサンドウィッチを食べ、そしてゆっくりとビールを飲む。そうしている間にも、自分の体は結構なスピードで目的地に向かって進んでいる。そんな不思議な感覚こそが「旅情」でもあった

鉄道のスピードアップにつれ車内滞在時間が減り、わざわざ車内で食事をする必要がなくなったため   というのが食堂車撤廃の表向きの理由らしいが、駅弁への熱気はむしろ高まる昨今である。実際には輸送効率の追及が本音であろう。赤字を増やすだけの食堂車を連結するぐらいなら、普通車両に乗客を座らせて運んだ方が儲かる。企業としては当然の理論ではあろうが、やはりこれはひとつの文化の消滅に違いあるまい。

旅の本質は目的地の観光ばかりではなく、むしろその道中にこそあったはずなのに、交通手段の合理化にともない、旅人はその本質たる部分を省略して、目的地における見聞のみを求めるようになってしまった。「旅」は本質的に変容してしまったのである。その変容の果てに、列車から「ゆとり」や「潤い」は消え去った。そういう視点に立てば「変容」と呼ぶよりも、やはりはっきり「退行」と言い切ってしまった方が良いのかも知れない。

それはそうと、食堂車もさることながら、最近ではビールの小瓶もあまり見かけなくなりましたね。

ビールは缶よりも瓶が美味い。これは間違いない。さらに魯山人先生もおっしゃっていたように、瓶の中でも小瓶がベスト。ちゃんとした店のアルコールリストにビールの小瓶が多いのはそのためだ。

ちなみに、築地市場内外の食堂の多くもビールは小瓶で提供している。カレーの『中栄』、フライの『禄明軒』、親子丼の『鳥藤』、そしてホルモン丼の『きつねや』も皆そう。いちど店主に「なんで?」と聞いたところ、「それくらいでちょうどいいだろ」とのこと。最近、ジョッキの生ビールを飲み干すのに難儀するようになった我が身としても、競馬場内のレストランでサンドイッチとビール小瓶という組み合わせの実現を期待したいところだ。

Kobin


 

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2013年1月28日 (月)

昼休みの食堂

Hiru  

競馬場が今よりずっと混雑していた1980年代末の競馬場では、午前中最後のレースで馬たちがゴール板を駆け抜けるのを見届けるや、猛然とダッシュする客が大勢いた。馬券が的中して払い戻しに走ったわけではない。トイレを我慢していたわけでもない。さて、彼らはいったいどこへ向かったのか?

答えは食堂。当時は今より10分長い1時間もの昼休みが設定されていたのに、それでも食べ終える頃には午後最初のレースが発走してしまうほど昼休みの食堂は混雑を極めていた。

今はそこまで極端ではないにせよ、それでもGⅠ開催日ともなれば昼休みのレストランには空席待ちの長い列ができる。馬主エリアのレストランであっても30分待ちは当たり前。しかも、その行列の先にそれほど美味いモノが待っているわけでもない。貴顕社会にお住まいの面々が、おとなしく行列に並んでいる姿には興を覚えなくもないが、何かが決定的に間違っているように思える。

そもそも、競馬場のタイムスケジュールにおいて、明確に区切られた「昼休み」は必要なのだろうか?

決まって昼休みに昼飯を食さんとする行動は、日本人の哀しい性(さが)に違いない。腹が空いていようがいまいが、あるいは食堂が混んでいようがいまいが、昼休みと定められた時間内に昼飯を食べなければ落ち着かんのである。

すべてを知っているわけではないが、私が行った限りの外国の競馬場において、昼休みというものを体験した覚えはない。

障害レース直後ゆえ、放馬などのアクシデントに備えるための時間が必要だとする“昼休み必要説”を聞くこともある。だが、放馬は必ずしも障害レースだけで起きるものではない。また、各種イベントを行う時間として必要とも聞くが、すべての開催日にイベントを行っているわけでもないし、昼休みの時間を埋めるために敢えて冗長なイベントを組み入れているという裏話もチラホラ漏れ聞こえてくる。こうなれば本末転倒も甚だしい。

競馬場での行動は原則として各個人の自由である。決められた昼休みなどなくとも、腹が減ったタイミングで何かを食べれば良いのだし、店が混んでいれば時間を改めれば良い。一定の時刻を合図に、数千、数万の人間がうつむき加減でゾロゾロと食事に向かう光景は日本のサラリーマン社会そのものではないか。日常を捨てるべき競馬場に杓子定規な昼休みなどを規定する必要性は、さほどないように思えてならない。

Retsu

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2013年1月27日 (日)

アガ・カーン殿下の騎手たち

Have  

1レースを勝ったハヴアグッドデイはゼンノロブロイの従姉妹という血統馬。手綱を取ったルメール騎手は、その勢いのまま今日4勝の固め打ちだった。

この1月だけで14勝。勝率.212は素晴らしい。重賞は京都金杯と東海Sを勝ち、暮れの有馬記念でも人気薄オーシャンブルーを2着に導いた。今回の短期免許の有効日は本日まで。残念に思う一方で、安堵されている騎手の方もいらっしゃるかもしれない。

逆に短期免許で来日しながら思うように勝ち星を伸ばせずにいるのが、同じ1レースで7番人気ショウリノウタゲを3着に持ってきたマクドノー騎手。今月初めに来日してここまで2勝。今日は11鞍の手綱を取るも未勝利に終わった。ショウリノウタゲ以外にも、単勝12番人気のエメルボヌールで3着するなど存在感こそ失ってはいないものの、目に見える数字が残らなければ、気にならないはずがない。

デクラン・マクドノー騎手は真面目で堅実な騎乗スタイルが身上で、2006年にはアイルランドのリーディングジョッキーに輝いたこともある。昨秋にはアガ・カーン殿下とアイルランドでの専属契約を結び、欧州で注目されるジョッキーのひとり。ちなみに、殿下のフランスにおける専属騎手は前出のルメール騎手だ。

日本初勝利時のインタビューで、「(アイルランドに渡った)シャドウゲイトに乗ったことも来日のきっかけになった」とコメントしたことには、ファンも「おっ!?」と思ったことだろう。昨年10月19日にアイルランド移籍初戦をレコード勝ちで飾ったシャドウゲイトの手綱を取ったのは、実はこのマクドノー騎手だったのである。10歳馬のレコード勝ちには、彼も驚かされたに違いない。

参考までに、シャドウゲイトはこの勝利の後12月22日にリングフィールドに出走。このときはやはり短期免許で来日中のF.ベリー騎手が手綱を取ったが、11頭立ての8着に敗れている。

マクドノー騎手の短期免許は次週まで。願わくば、もうひとつくらいは勝ち星を加えて、日本に良いイメージを持って帰国してもらいたい。

Mac

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2013年1月26日 (土)

ガッツポーズ

Ajc  

AJC杯におけるF.ベリー騎手の御法について議論噴出してやまない昨今であるが、ゴールに到達するかなり前に派手なガッツポーズを披露したことも、ファン、メディア、そして主催者に悪い印象を与えてしまったようだ。

「念願だった日本の重賞を勝てて思わず出てしまった」とは本人の弁だが、「外国人騎手はヤバイと思ったら派手なガッツポーズやウイニングランでごまかそうとする」という辛辣な意見もあった。これはおそらく、一昨年のジャパンカップでのスミヨン騎手を意識してのコメントであろう。

たとえゴール後であっても騎手のガッツポーズには賛否両論がある。

28年前の今日。1985年1月26日に行われた重賞・クイーンCをタカラスチールで優勝した佐藤吉勝騎手は、ゴール直後、左手を高々と上げてガッツポーズを決めた。これが平地での重賞初制覇。しかも単勝1番人気のプレッシャーをはねのけて掴んだ勝利となれば、派手に喜ぶのも無理はない。だが、彼はレース終了後、すぐさま裁決委員に呼ばれる。

審議になったわけではない。ガッツポーズについて注意を受けたのである。

騎手のガッツポーズに関して具体的な規定があるわけではないが、勝ち馬の直後には後続馬が殺到している。片手を離した瞬間に馬がヨレたりした場合、事故につながりかねないからガッツポーズなどしてはいけない。そんな注意だったそうだ。

さすがに今ではガッツポーズをしたからといって裁決に呼び出されることもあるまいが、ゴールに到達する前にそれをやれば競馬施行規約第49条に基づいて処分されることもあるし、あまり派手にやると負けた騎手、陣営、そしてファンの心証を逆撫でしかねない。そういう意味でもベリー騎手のガッツポーズは間が悪かった。

ただ、私個人は騎手のガッツポーズを否定するものではない。競馬は人馬が織りなすエンターテインメントである。勝者たる騎手が無表情のままだとしたら、果たしてレースの感動がファンに伝わるだろうか。ライブの感動を伝えるという観点に立てば、ファンを煽るくらいのパフォーマンスがあっても良い。そういう意味において、L.デットーリ騎手のガッツポーズは、実況を聞いているかのようなタイミングといい、カメラのフレーミングまで意識しているかのようなポージングといい、やはり天才は違うと思わせるところがある。例のドーピング問題で今は騎乗停止の身だが、早くまたこんなガッツポーズを見せて欲しいものだ。

Det

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2013年1月25日 (金)

串勝

Kushi1  

大学センター試験も終わり、いよいよ受験シーズンも本番に突入。試験や勝負ごとに挑むに際し、ゲンを担いでステーキとトンカツを一緒に食べるような人も、最近はずいぶん減ったと聞く。「試験の直前になって、消化の悪い肉とか油とかを摂るのは逆効果」と、冷静に答える受験生がTV画面に映し出されていた。ま、そう言われりゃそうなんだろうけど、なんか寂しい気もしますな。

むろんこれは「テキにカツ」という語呂合わせに基づくもの。だが、そもそも「テキ」とか「ビフテキ」という言葉はもはや死語に近い。周囲を見る限りでは、「カツ」の方だけがゲン担ぎメシとして生き残っているように見える。勝負事の最前線でもある競馬場においても「カツ丼」や「カツカレー」といったメニューは、今も昔も変わらぬ人気メニュー。ファンであれ馬主であれ、藁にすがってでも「勝ちたい」という気持ちに変わりはない。

競馬場の人気カツレシピとしては「串カツ」も忘れてはならない。片手で歩きながら食べられるその形態は、新聞や赤ペンを片手に食べるのに便利で、しかも生ビールのおつまみにもうってつけなのである。豚肉の濃厚な旨味がビールの苦みに調和するだけでなく、カリッと揚がった衣の香ばしさやネギの香りはホップの香りととても相性が良い。

食肉を用いた串焼きとしては、サテー(インドネシア)やシシカバブ(トルコ)、そして日本の焼き鳥など世界各国に広くみられる。だが、串に刺した肉にパン粉をまぶして揚げる料理というのは、世界的にもほとんど類を見ない。日本の競馬ファンは、世界の料理研究者も注目するほどの素晴らしい味覚と嗜好を兼ね備えているということになる。

そんな嗜好の象徴たるメニューを先日の大井競馬場に見つけた。おにぎりでお馴染み『おに平』さんの「串勝カレー」(500円)。

どこにでもあるカツカレーのカツを敢えて串カツにした一品のチャームポイントは、やはりカツの端からちょこんと飛び出した串であろう。フォークを使うことなく、串をつまんでカツを食べることができる優れものである。カリッと揚がった歯応えに、ソース、マスタード、そしてカレーの3つの味の調和がまた楽しい。

カツを食べたぐらいで勝負ごとに勝てるとは、おそらく誰も思ってはいないだろう。みんな美味いから食べているのである。明日は今年最初の東京競馬。『梅屋』でカツ丼をかき込んでからレースに臨むことにしようか。

Kushi2  

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2013年1月24日 (木)

初めての大井で

Tck_2  

昨日、大井で行われたダートグレード競走・TCK女王盃の発送直前、とあるベテラン記者が「レッドクラウディアが1.4倍になっていいレースかねぇ?」と呟いた。

1番人気のレッドクラウディアはアグネスタキオン産駒の明け4歳。逃げても控えても競馬ができる自在の脚質が持ち味で、昨年暮れの船橋・クイーン賞は逃げて4馬身差の圧勝だった。だが、その時は6番人気の低評価。楽な逃げを打てる立場だったうえ、ハンデ戦で有力馬との斤量差に助けられた面も否定できない。

「メーデイアがもう少し売れても良い……ということでしょうか?」

私は聞き返してみた。2番人気のメーデイアは2.9倍。十分票を集めているが、それでもレッドクラウディアの倍以上もつけている。ただ、こちらはまだ条件馬。格上挑戦で重賞にも初挑戦という馬では、さすがに慎重にならざるを得ない。

「前走は落鉄しても2着だったんだから、もう格下じゃないよ。結局のところ、周りがダートグレード慣れしているかが人気の差なんだろうなぁ」

「なるほど」

私は頷いた。レッドクラウディアの手綱を取る内田博幸騎手は地方のダートグレードレースを24勝。管理する石坂正調教師も12勝の猛者である。対してメーデイアの笹田和秀調教師と浜中俊騎手は共に地方のダートグレードレース未勝利。いや、それどころか、両者とも大井競馬場に来ること自体が初めてだ。馬だけでなく、関係者全員が“初コース”となれば、やはりそれなりのハンデと思いたくなる。

だが、結果は好位から直線で早めに抜け出したメーデイアが5馬身差の大楽勝。冒頭の記者氏の懸念は的中した。

浜中騎手といえば、昨年JRAで131勝を挙げたリーディングジョッキー。だが、「JRA最多騎手賞」のタイトルを受賞したのは、119勝で勝利数3位の岩田康誠騎手だった。地方競馬と香港での16勝が勝利数に加算され、浜中騎手を上回ったのである。

私は南関東を根城にする人間だが、浜中騎手を見かけることはほとんどない。調べてみると昨年は園田や笠松などで9鞍に跨ってはいるものの未勝利。笹田調教師に至っては、昨年は管理馬を地方の競馬場に出走させることすらなかった。

地方交流レースに対するJRA厩舎関係者の考え方は様々なので、大井に来ないことをいちいち僻むつもりはない。逆に、もっとステータスを上げて、有力馬の参戦を促す努力がまだ必要なのだなと痛感する。そういう意味ではレース後のインタビューで、笹田師が「大井が好きになった」と語ってくれたことは、やはり嬉しい。常連ばかりの競馬はやはり飽きる。

今回の勝利を機に、浜中騎手にも南関東参戦の機会をもっと増やしてもらえれば嬉しい。だいたいが大井初騎乗が重賞勝利って、簡単な芸当じゃないですよ。あの武豊騎手でさえ、大井の重賞を勝つまでに17戦を要している。

Tck2

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2013年1月23日 (水)

Telamori  

「大盛」の更に上を行く盛り表現としては、「特盛」「メガ盛」「ギガ盛」「テラ盛」なんてのがある。「特盛」というのは「特大盛」の略。「メガ」「ギガ」「テラ」というのは、それぞれ「100万倍の」「10億倍の」「1兆倍の」を意味する英語の接頭辞であるから、やはりそれなりに意味は通る。

ところが「鬼盛」となるとそうはいかない。「“鬼”ってなんだ?」「ご飯に鬼が盛られているのか?」「危険な食べモノか?」などと困惑してしまう方も出てくるのではないか。

「とても」の意味で使われてきた「超」という接頭語が、若者の間で「鬼」に取って代わられてきたのはそんなに最近の言葉ではない。かくいう私も20年ほど前の高校生当時は、メチャメチャ混雑していることを「鬼混み」と呼んだり、3枚切れのカン八索をツモったりすれば「おお! 鬼ヅモ!」などと声を上げたりしたものだ。だけど、さすがに「鬼盛」という表現はなかったような気がする。

それが最近では「鬼友」「鬼旨」「鬼釣」さらには「鬼優」なんていう表現が氾濫しているというのだから、若い人たちのボキャブラリーの豊かさにはつくづく驚かされる。「鬼が優しい」っていったいどういうことだ? 「日本語の衰退」とお嘆きの貴兄がいても不思議ではない。

とはいえ、いつの時代も言葉は変化を続けているもの。6割の人が使えば、もうそれは立派な主流だとする専門家もいる。「超」という接頭語は既に市民権を得た。それを思えば「衰退」ではなく「変遷」と呼ぶ方が正しいのかもしれない。

ところで、私の高校生当時よりも、さらに昔から「鬼」という言葉を普通に使っていた業界といえば……そう、競馬界ですな。

ダイナレターはダートの鬼で、ホッカイダイヤは重馬場の鬼。メイショウカイドウが小倉の鬼なら、エリモハリアーは函館の鬼に違いない。単に「申し子」とか「~が得意」という表現には収まり切らないスケールが「鬼」という一字に込められたのであろう。信じられないような末脚を「鬼脚」と言ったり、大井の的場文男騎手の追い方を「鬼追い」などと呼ぶのも同じ。畏怖さえも感じるような“凄味”を表わす言葉である。

写真は新富町『トキワ』のウヰンブル丼・鬼盛。なるほど、その見た目にはそこはかとない畏怖が漂う。

Windon

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2013年1月22日 (火)

ブルドック@大井

Burudog  

大井競馬場への無料バスが出る大井町駅東口界隈には、「東小路」「平和小路」といった戦後の闇市から発展した背の低い飲食店が所狭しと並んでいる。その中で「お食事は大井一うまい・やすい」とひときわ目立つ看板を出しているのが東小路の『ブルドック』。今年で創業64年を数える老舗の食堂だ。なにより「日本一うまい」ではなく、「大井一うまい」という謙虚さがウケる。

むろんその「うまい」という言葉に偽りはない。人気ナンバーワンのメンチカツは、わずかに焦げた衣の風味が肉の旨味と絶妙に調和しており、ふっくらご飯のドライカレーも絶品。ハム、玉ネギ、ピーマン、マッシュルームという誰もが抱いているであろう「ナポリタン」のイメージにぴったりのナポリタンは、まさしく子供の頃に食べたあの味そのままである。

この味といい、またコックとしての正装で厨房に立つシェフの働きぶりといい、とても「昔ながらの食堂」という気軽な表現に押し留めるわけにはいかぬ高貴な一軒にも思えるが、一方で程よく色褪せたショーケースのメニューサンプルや店内に灯された裸電球の明かりをぼんやり眺めていれば、どうしても「昔ながらの」という表現に落ち着いてしまう。そのギャップが楽しいのである。

最近では、敢えて郷愁を誘うような外装を施した上に、傘つき電球や柱時計など昭和を想わせるインテリアを配し、ハムカツ、クジラ肉、ポテトコロッケといったメニューを並べるレトロ感覚のレストランが流行っているとも聞くが、それはあくまで作られた空間で作られた味に過ぎない。本物には本物にしか出せない何かがある。

ことこの大井町東口界隈には『ブルドック』のほかにも、ラーメンの『永楽』(1952年創業)や、「焼き寿司」でお馴染みの『金井寿司』(1950年創業)といった老舗が軒を連ねている。

そう思えば、看板の文句は単なる謙虚心の表れとは言えないかもしれない。文化財級の老舗が軒を並べる大井町界隈は美味さと安さの激戦区。「大井一うまい、やすい」はそれだけ価値のある称号というわけだ。大井競馬場への行き帰りに、ぜひとも立ち寄りたい一軒。

Menchi  

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2013年1月21日 (月)

騎手が足りない!

Jump1  

20日に行われた中山と京都の障害戦2鞍の出走馬が騎手不在のため取消になったことは、「31年ぶりの珍事」として広く報じられた。中山4Rのフォレストリーダーに騎乗予定の金子騎手、京都4Rのエーシンテュポーンの北沢騎手が、それぞれ19日の牛若丸ジャンプSで落馬負傷。乗り替わりの騎手が見つからなかったのである。2つのレースで取消が生じる事態に至ったことを思えば、もはや異例中の異例と言っても差支えあるまい。

31年前の顛末を簡単に紹介する。取消が発生したのは1982年1月24日中山7R。偶然にも今回と同じAJCCの当日である(優勝馬はアンバーシャダイ)。ダート1800mフルゲート16頭の一戦は、よりによって見習い騎手限定戦であった。

そのレースに7枠14番で出走を予定していたサントモに騎乗予定の菅沼騎手が、あろうことか前日の障害戦で落馬、負傷してしまったのである。見習い騎手限定戦である以上、代役が誰でもいいというわけにはいかない。当時関東には19人の見習い騎手がいたが、出馬表に名前のない柏崎騎手と佐藤吉騎手はやはり負傷で休んでおり、仁平騎手は中京に出張中だった。

慌てた関係者は関西に騎乗者を求める。関西所属の見習い騎手11人のうち騎乗予定のないものが1人だけいたが、残念ながら平地競走の免許を持たない障害専門騎手であった。万策尽きた稗田調教師と馬主はサントモの取消を決めたという。

今回、取消が発生したのは縛りのキツい見習い騎手限定戦ではない。しかもそれが関東と関西のそれぞれで起きたのであるからコトは重大だ。

「そういえば、さっき(柴田)大知を見かけたぞ。彼が乗ればいいじゃないか」

日曜中山のスタンドで、問題のレースの出馬表を見ながら隣の知人に言った。障害に乗る騎手がそんなに切迫しているとは思えない。代わりはきっといるはずなのである。

「大知ねぇ。怪我から復帰してからは障害には乗ってないようだなあ……」。机のモニタを眺めながら知人は言った。そういえば中山大障害のマジェスティバイオには、大知ではなく山本騎手が乗っていたような気がする。

「それなら大庭和弥がいる。昨日のメインを勝ったくらいだから怪我なんてことはないだろ?」

「いや、彼は障害から足を洗ったって聞いたぞ」

「は? また、なんで?」

「騎乗技術を磨くためだとか言ってたな」

「なんだそりゃ。そういや穂苅はどうしたんだよ?」

「去年引退しただろ!」

「え? そうなの?」

3年前に実施された厩舎制度改革の影響で、ここ数年は騎手の引退が早まる傾向にあるわけだが、とりわけ障害で活躍する若手騎手の引退が目立つ。いや、「やむなく障害で活躍していた若手騎手」と言った方が正確かもしれない。ともあれ、昨年だけでも穂苅、今村、水出といった障害レースの乗り手が鞭を置いた。

一方で、馬主経済の変化により近年では入障する馬は増える一方だ。1992年に8.4頭だった障害レースの平均出走頭数は、20年後の昨年は12.6頭にまで増えている。

こうした事実は、今回のような事態が「31年ぶりの珍事」の枠には収まらない可能性を示唆してやいないか。

ならば個人的には「調教師や調教助手に転じた元障害ジョッキーが、いざという時に手綱を取る」という案を推したい。田中剛調教師や柴田未崎助手がレースに乗るところをまた見たいという個人的願望に過ぎないのだけど……。

Tanaka

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2013年1月20日 (日)

続行競馬

Snow1  

明日月曜日も中山では競馬が行われる。大雪の影響で打ち切りとなった中山4日目の続行競馬。だが、新聞によっては「代替競馬」と表記するところもあり、JRAのサイトでも一度は「続行競馬」と発表しておきながら、1時間後には「代替競馬」と表記が書き換えられた。おや?と思った方も多いのではなかろうか。

これについては続行競馬と代替競馬の意味の違いについてファンに無用な混乱を与えかねないとして、中山競馬開催執務委員長の判断で敢えて「代替競馬」という言葉を使用したと、ネット上にコメントが寄せられている。裏を取った話ではないが、JRA組織内部ではあくまでも「続行競馬」で取り扱われているとのことだ。

私が知る限りでは、関東地域での続行競馬施行は初の出来事。競馬場に行って、一日の競馬が5Rから始まるなんて記憶にない。

1987年12月14日の中山競馬は定刻の午前10時に1Rがスタートしたが、レース前から降り始めた雪は一段と激しさを増し、2R終了の時点で以降の中止が発表される。代替開催はない。ただし、この日に予定されていたステイヤーズSは順延となり、次週土曜の中山10Rに組み込まれた。そのステイヤーズSをマウントニゾンで勝ち、続く11R・3歳牝馬Sもシノクロスで勝ってしまった嶋田功騎手は、競馬史上でも珍しい「1日2重賞制覇」の記録を達成することになる。

とにかく昔は開催の途中で雪が降ったら競馬は中止。重賞は翌週の番組にねじ込むというのがお決まりのパターンであったように思う。それがこうしてその日の「続き」を全部やってしまおうというのだから時代は変わった。日頃から「中山は遠くて朝が辛い」とか「一日のレース数が多すぎる」などと文句ばかり言っている私としては、これは理想的な時間割にも思える。ちょっと嬉しい。

ただ、中には胸中複雑な方もいらっしゃることであろう。

たとえば成田特別。特別登録からやり直して発表された新たな出走表の顔ぶれを見れば、先週発表時に比べてメンバー強化は明らかだ。

先週、一度は抽選除外の憂き目を見たラフィングインメイは、ファビラスラフンを祖母に持つ良血で、このクラス2着の実績もある。さらに先週は特別登録さえしなかったリーゼントブルースや、吉田豊騎手からルメール騎手に変更になったコスタパルメーラ。こうした有力馬の参戦は、ファンにとっては楽しみであるかもしれないが、他の陣営には単なる脅威でしかあるまい。だが、一週待たされたことで調教を増やし、さらに1往復余計に輸送をこなすことで、この時期にしては馬体を絞ることができるというメリットもある。はたして雪は味方になったのか敵だったのか。たとえ勝ったとしても判断を下すのは難しかろう。

雪に翻弄されたのは馬だけではない。JRAが月曜開催と聞き、同じ日に今年の初日を迎える大井競馬はワリを食ったゾと思ったのだが、おかげでI-PATの発売対象となったと聞けば、あながち悪い話でもないように思える。まさに「万事塞翁が馬」。幸不幸というものは予測不可能だ。

Yuki

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2013年1月19日 (土)

中山の牛丼

Yoshigyu_2  

先週は珍しく西船の食堂まで足を運んだが、中山競馬場での食事は『吉野家』を利用することがほとんど。日によっては朝昼2食を賄うこともある。

牛丼は嫌いではないが、野田前首相ほどの大ファンというわけではない。だがそれでも食べ続けるのは、それが「安心できる味」だからだ。ハズレを引く心配がないという消極的理由でしかない。

どういうわけか、中山の食堂には哀しい思い出ばかりが重なっているのである。業者は府中(東京競馬場)とほぼ同じ顔ぶれ。メニューも大差ない。なのに、出てくるものがダメというのはいったいどういう理由によるものか。東京競馬場の食堂でキンキンに冷えたトンカツや、伸びきって汁が干上がったラーメンが出てきたという記憶は、少なくともない。

きっと偶然なのだろう。私が“持ってない”人間というだけの話。そうはいっても、中山になると、食堂以外の場所でも馬主エリアの入場時に咎められたり(ハンドスタンプが消えかかっていた)、口取りのウイナーズサークルで警備の方に叱られた(クラブの会員さんと間違えられた)りしているので、怖い印象が競馬場全体を覆ってしまっているのも事実。「中山のコースは怖い」という思いを抱く競馬関係者は多いが、「中山の競馬場は怖い」という思いを抱くのは私くらいのものだろう。

食堂に話を戻すと、中山の場合、外に食事に出ようにも店というものがほとんどない。船橋法典駅近くまで歩けばまともな店もあるにはあるが、片道10分以上の道のりを歩くのはしんどい。バスで西船橋まで行って、また戻ってくるなど論外であろう。それが場内の業者の驕りを誘っているのではないか……などとついつい勘繰りたくもなる。

その点『吉野家』の味はまず変わることがない。そこはチェーン店たる所以。だが、中山競馬場周辺の数少ない飲食店が、『吉野家』(中山競馬場前店)と『すき家』(船橋古作店)であることに思いが至れば、場内の『吉野家』に“驕り”が生じる余地などおそらくあるまい。かくして、今日も大盛弁当&温泉玉子のセットを慌ただしくかき込み、勇躍第6レースのパドックに向かうのである。

Ontama

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2013年1月18日 (金)

リトル小岩井@大手町

B1

「B−1グランプリ」が定着して以来、「B級グルメ」という言葉は「町おこしに一役買うご当地グルメ」という意味合いが強くなってしまったような気がする。

「B−1グランプリ」を主催する「愛Bリーグ」によれば、「B級グルメ」とは「うまくて、地元に愛され、複数の店で提供される料理」とのことで、他にも「ボランティアの人数」とか「町ぐるみでの活動」など細かい規定がある。また、昨今では、イベント来場者の投票順位へのこだわりが過熱しすぎた感も否めない。

もともと町おこしのお祭り程度の感覚で始まったはずなのに、今では優勝すればその経済効果は30億円とも言われるビッグイベントになってしまった。そのためか、地域で長年愛されたメニューではなく、衆目を集めそうな奇抜なメニューを無理やり考案して、それを新たに「おらが町のB級グルメ」とプッシュするようなケースも散見する。だが、そうなってはもはや「グルメ」とは呼べまい。人それぞれ好き嫌いはあろうが、私などは唐突に生まれた“ラーメンバーガー”よりは昔ながらの普通のラーメンを食べたいと思うクチである。

ところで、「B−1グランプリ」がメジャーになる以前は、「B級グルメ」と聞けばもう少し違った意味合いを持っていませんでしたか?

すなわち「値段や店構えはB級だけど味は間違いなくA級」という穴場的な店やレシピである。それは下町の洋食店であったり、タコ焼きのような安くて美味しい食べ物を指す言葉だった。美味くて値段が高ければ「A級」。たとえ安くても、食べてみて美味くなければ「B級」とすら呼んではもらえず、そもそも評価の対象とはならんのである。

では、その価格的評価基準はいったいどこに置けば良いのか?

それこそ個人ごとに判断はマチマチであろうが、私の基本的な線引きはこうだ。A級は一食あたり8千円以上。B級のそれは千円以下ということになる。

A級のラインについてはキリよく1万円以上としたいところだが、実際に様々な店の関係者に聞けばこのラインを推す声が圧倒的だから、悪くないセンなのではないか。むしろポイントは、両者を隔てる千円から8千円に及ぶ空白地帯の存在である。つまり、6千円のメニューは「A級の手抜き」であり、1500円のメニューは「B級の背伸び」に他ならない。どっちつかずのものを食べるくらいなら、潔くAかBを選択したいという意識の線引きでもある。だが、もちろん、6千円で素晴らしい懐石料理を楽しませてくれる店もあれば、1杯に1500円を払っても食いたいカレー屋だってある。あくまでも線引きは目安に過ぎない。

私の中での「B級グルメ」の総本山は、大手町の雑居ビルの地下に店を構える『リトル小岩井』。

岩手県雫石町の町おこしメニューなどではなく、ただのスパゲティのお店。ウェイターが移動することすら困難な狭い店内は、小さなテーブル席が14席分あるだけで、昼どきともなればそのすべてが相席で埋まって、店外には長蛇の列が伸びる。

茹で置きの麺をフライパンで炒めるジャッジャッという音が耐えない店内で出されるのは、昭和テイスト満載のスパゲティだ。「パスタ」などと呼ぶには抵抗のあるその麺は、直径4ミリはあろうかという超極太麺。茹で置きにもかかわらず、むっちりした歯応えで実に食べ応えがある。そして、最も高いメニューでも560円という安さこそ「B級」の鑑だ。

トマトケチャップで真っ赤に染まったナポリタンは、誰もが懐かしいと感じるあの味そのもの。参加ボランティアの人数とか、投票順位とか経済効果みたいな野暮なことを一切言わずに済む「B級グルメ」が、ここには間違いなくある。

Napo  

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2013年1月17日 (木)

競馬場で歩こう

Gold  

年末あたりから悪化の兆しを見せていた腰痛がここへきて無視できぬ痛みに変わってきたので、医者に診てもらったところ、「毎日1万歩を歩きなさい」と説諭された。

なんでも、この腰痛は骨盤が不安定になっていることに起因しているとのことで、歩いて腹横筋を鍛え、骨盤を安定させるのが効果的なのだという。

1万歩と聞くとたいそうな目標にも聞こえるのだが、実際のところはどうなのであろうか? 手元の携帯電話に歩数計機能が内臓されているのを思い出し、このひと月ばかりの歩数をチェックしてみた。

17(月)  6471
18(火)  6870
19(水) 13984
20(木)  6553
21(金)  6004
22(土) 11955
23(日) 14746
24(月) 10870
25(火)  5438
26(水)  5984
27(木)  6102
28(金) 12004
29(土) 14955
30(日) 13771
31(月) 14090
 1(火) 13686
 2(水) 12951
 3(木) 13331
 4(金) 12129
 5(土) 10309
 6(日)  5903
 7(月)  6314
 8(火)  6686
 9(水)  4951
10(木)  6139
11(金)  5733
12(土) 10515
13(日) 10002
14(月)   320
15(火)  6686
16(水)  5951

日によってはクリアできている。これなら、多少意識すれば1万歩なんて簡単なんじゃないか   

最初はそう思ったのだが、よくよく見れば1万歩をクリアしたのは競馬場に行った日に限られ、それ以外の日は6千前後とハッキリ色分けされる。これでは南関東が昼間開催真っ盛りのこの時期に毎日コンスタントに1万歩を稼ぐことは簡単ではあるまい。これは困った。

この一か月の間、自宅に閉じこもっていた日は関東が大雪に見舞われた14日のみ。競馬場に行かぬ日は、電車を乗り継いで銀座の仕事場に通っていた。それで、5千歩に届かぬ日があるのだから、1万歩の壁はつくづく高い。逆に言えば競馬場というのは歩く場所だ。歩くことを意識していないのに、1万歩を軽くクリアしているのだから、これ以上健康的な場所はないような気さえする。

それにしても、歩くことをこれほど意識する国はほかにあるのだろうか? 国土がこんなに狭いのに、鉄道の総延長も車の保有台数も世界屈指であり、そこかしこにエスカレーターや動く歩道が設置されている日本に住む我々は、おそらく世界でもっとも歩かぬ民族に違いあるまい。そう思えば船橋法典駅から中山競馬場に伸びる動く歩道に乗ることも若干の躊躇いを覚える。

ところで、帰りに西船橋まで歩いた23日は別として、中山競馬場に行った日はおおむね1万歩ちょいであるのに対し、大井や川崎では1万2~3千に達しているというのは、我ながら意外な発見である。モニター設備が充実している中山では、オッズからパドックから他場の中継に至るまで、様々な情報を自席にいながら確認することができる。それが微妙な歩数の減少に繋がっているのだろうか。利便性に優れることは、決して良いことばかりではない。ともあれ、せめて中山での動く歩道の利用は控えようか。

Walk_2  

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2013年1月16日 (水)

巻き戻された降着基準③

Door_2Door_3  

昨年のジャパンカップの直後、ベテラン競馬記者や馬主、あるいは外国人カメラマンや他の公営競技の審判の方などを交えて、問題の審議結果について意見をぶつけあう機会を得た。年間に何千というレースを見ている関係者だけあって、当然議論は白熱する。だが、やはり誰もが納得する結論には到達しなかった。どちらかに偏るということもない。意外にも感じるがそういうものなのだろう。

そういうごく限られた意味においては、JCを裁いた裁決委員は妥当なジャッジを下したのかもしれない。私の意見はたまたま「ジェンティルドンナ寄り」であったが、「オルフェーヴル寄り」の意見に頷かされることも何度もあった。舞台がジャパンカップでなければ、ここまで議論を尽くすことはしなかったろう。その後味の悪さにJRAは顔をしかめたに違いないが、一般的には美味いモノより不味いモノを食ったという話の方が、圧倒的に盛り上がるのである。

審議中にパトロールビデオが放映されるようになったのはごく最近のこと。情報公開の流れに沿ったものとはいえ、ファンサービスのひとつとして大きな一歩であろう。ターフビジョンでリプレイが繰り返される中、「どうかな?」とか「ダメだろ、ありゃ」などという声があちこちから聞こえてくる。ファンの見る目が肥えれば、騎手のラフプレーは難しくなるし、裁決委員もいい加減なジャッジはできない。すなわちそれは公正かつ安全な競馬施行への第一歩にほかならないのである。

そもそも昔のファンはパトロールフィルムの映像を見ることなど許されなかった。ニシノライデンが失格した天皇賞は場外馬券売り場で見ていた私だが、京都で何が起こっているのかさっぱりわからぬまま「ニシノライデンは失格」だと見ず知らずのおっさんに教えられ、シクシク泣きながら家路についた思い出がある。失格馬が出た時に限り、パトロールフィルムが公開されるようになったのが1990年秋の東京開催から。1999年秋には失格・降着の有無に関わらず、審議ランプが付けば公開の対象となった。今では審議とならなくても、JRAのサイトからパトロールフィルムを見ることができる。

だが、それが必ずしも万人納得のジャッジに直結するわけではない。いや、そもそも万人納得のジャッジなど存在し得ない。厳格なルールブックがあり、それに基づくストライクゾーンが規定されているはずの野球でさえも、アンパイアによってストライクゾーンは微妙に異なる。だがプレイヤーもファンも、ある程度それは織り込み済み。だから、苦情の電話で回線がパンクするような事態にはならない。だが、カネが賭かっている競馬ではそうはいかない。だから審議のたびに騒ぎがでかくなる。それでもニシノライデンの当時に比べれば、ファンもずいぶんおとなしくなったような気がするが……。

着順変更に関する裁定問題は、古くて新しい問題である。「加害行為がなければ被害馬は加害馬よりも上位になれたかどうか」という、30年前の判断基準に戻したからといって、劇的に事態が好転することなどまず期待できまい。そもそも、もしスタート直後に不利があった場合、被害馬が加害馬に先着できたかどうかなどいったいどうやって判断するのだろうか。秋の天皇賞でメジロマックイーンが降着となったのは、スタート直後の斜行によるもの。降着制度を導入した最初の年の出来事だった。

(この項終わり)

Kohchaku  

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2013年1月15日 (火)

巻き戻された降着基準②

Jc  

2頭の人気馬が再三の接触を繰り返しながらマッチレースを繰り広げた昨年のジャパンカップを目のあたりにしながら、私は28年前を思い出していた。1984年の皐月賞。シンボリルドルフ、ビゼンニシキ、人気馬2頭による一騎打ちは皐月賞史上でも稀に見る好勝負のひとつとされるが、シンボリルドルフの手綱を取った岡部幸雄騎手がラフプレーによる騎乗停止処分を受けていたことを覚えている人は、もはや少なかろう。

岡部騎手はシンボリルドルフの闘志をかきたてるため、あえてシンボリを外斜行させてビゼンニシキに馬体をぶつけた。直線の入り口から300mに渡って繰り返すこと4度。最後の一撃はゴール直前で、まさにダメ押しといった感じで体当たりを食らわせての1馬身半差であったのである。

これを「覚えている人が少ないだろう」と私が書いたのは、審議ランプが灯かなったからだ。

当時は、
 ①着順の変更があり得る
 ②落馬などのアクシデントによりパトロールフィルムの検証を必要とするとき
のいずれかのケースで「審議」となっていた。この場合、①について審議されても良さそうなものだが、当時の判定基準では「加害馬と被害場の脚色」が大きくモノを言ったのである。

前年のダービーでもミスターシービーが4コーナーでキクノフラッシュ、ブルーダーバン、カツラギエースを弾き飛ばした上、直線では内に切れ込んでタケノヒエンの進路をカットするという傍若無人ぶりを発揮したにも関わらず、失格には至ってない(吉永騎手は騎乗停止)。シービーのダービーにしても、ルドルフの皐月賞にしても、裁決委員は「勝った馬の脚色が圧倒的に優勢であり、着順を変更するにいたらない」と明言。走行を妨害したという客観的事実だけで即審議とることはなく、着順が確定したのち、あらためて騎手に処分が下るというケースは当時の競馬に珍しくはなかった。

その後、ジャパンカップ創設に伴う国際化の流れの中で、「被害馬の能力発揮への影響度」が新たな判断基準として導入される。当時この基準が“万国共通のルール”として採用されたという経緯は、今にして思えばなんとも興味深い。

ところが計量化や数値化がきわめて困難な「影響度」なる尺度を採用したことで、日本の競馬ファンは混乱に陥った。「(影響度は)“重大”だが“致命的”ではないので降着には至らない」などという説明を聞いて、「そうか。なら仕方ない」と納得できるファンが果たしてどれだけいるのだろうか。

そんな審議説明が、よりによって昨年のジャパンカップで繰り返されたというのも何かの縁かもしれない。今年から導入された新基準についても、「海外では一般的」だという。だがその実は、四半世紀以上も昔に我が国が捨てた判定基準に極めて近いのである。

(明日付に続く)

Wboard   

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2013年1月14日 (月)

巻き戻された降着基準①

Ranpasu  

年が明けて、JRAの失格・降着の基準が変更されたことを意識しながら競馬を見ている方も多いことと思う。

昨年まで「カテゴリー2」(被害馬の能力発揮への影響度で判定)に属した基準を採用していたのが、今年から「カテゴリー1」(加害行為がなければ被害馬は加害馬よりも上位になれたかどうかで判定)となった。英国や豪州など海外競馬主要国で採用されているカテゴリー1は、到着順位での確定が増えるなど、判断基準が分かりやすくなるだけでなく、そもそも合理的なルールとの評価もある。 12日にはその適用第一号として伊藤工真騎手が、昨日も福永祐一騎手が処分の対象となった。いずれも、騎手には騎乗停止が課されたものの、加害行為がなければ被害馬は加害馬よりも上位になれたとは判定されず、着順はそのまま確定している。

ルール変更のきっかけは、昨年6月10日東京8レースのランパスインベガスに対する走行妨害を不問に付したジャッジと、その後の不服申し立てにあった。騎手、調教師の訴えが相次いで退けられたことを受け、ついには同馬のオーナー・西見徹也氏が所属する中山馬主協会が、JRAに対して異例の申し入れを行ったのである。しかしそれでも「(影響がなければ)着順が変わっていたかどうかは、(降着を判断する)決定的要素でない」(JRA審判部長)という大原則の前に、裁定そのものが覆ることはなかった。あくまで、被害馬が受けた影響の大きさこそが判断基準だったのである。だがそんな杓子定規な回答に続いて、裁決基準の見直しを含めて検討することにJRA側が言及したことは、中山馬主協会にとっても大きな驚きであったに違いない。この一歩が今回の基準改定へとつながる。

これとは逆のケースとして、被害馬が加害馬よりも上位に来る可能性は明らかに低かったのに、被害馬への(見た目の)影響度が大きいと判断されてアウトとなるケースの問題点も指摘されていた。昨年10月28日東京4レースの新馬戦。1位入線を果たしながら10着に降着となったソロルのケースなどは、まさしくその典型であろう。

少なくともこのレース、「加害馬」とされたソロルは斜行をしたわけではない。前を行く2頭のスペースに割って入ったところで、左側の馬が過敏に反応。騎手がコントロールを失って内ラチに激突し、そのまま大きく後退してしまったのである。

だが、セパレートコースの陸上競技ならいざ知らず、馬が集団で走れば多少の接触があるのは当たり前のこと。相手がヨレたからといって、それが必ずしも危険騎乗であるはずもない。逆に、あたかも凶悪なラフプレーの被害を受けたかのような御し方しかできぬ方にも問題はある。そもそも「被害馬」とソロルとの脚色の差は歴然であった。むろん新基準なら降着とはならぬケースであろう。

このわずか2日後に、降着に関する新基準への変更方針が発表されたのは、皮肉と言うほかはあるまい。まるでソロルの裁定が間違っていましたと謝罪するかのようなタイミングであった。

新たな基準に変わったことで、「やったもの勝ちになってしまう」とか「ラフプレーが増えるのでは」という不安の声も聞こえてくるが、意図的なラフプレーはこれまで通り取り締まる姿勢を見せることで、ファンに対する新基準の浸透を図りたい。そのためにも、審議の公開なども検討してみてはどうか。先述したカテゴリー1の英国や豪州などでは裁決室からの生中継が日常的に実施されており、馬主やファンから好評を得ている。

(明日付に続く)

Solo

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2013年1月13日 (日)

ダート1800大外枠の明暗

Solo  

「ヤロウ、レースを捨てやがった!」

私の背後の席から怒りに満ちた声が上がったのは、中山7レースの馬群が4コーナーに差し掛かったあたりだったか。声の主はスタートからずっと1番人気のヴィオラーネに声援を送っていたのだが、直線に向いたときヴィオラーネの柴田善臣騎手は追うのを諦めていた。下位人気馬に次々と抜かれて、惰性でゴールを果たしたのは11番目。思わず故障を疑ったが、騎手が馬から降りる気配はない。勝ち目が薄くなったレースへの対処にはさまざまなケースがあり、一概にこうすべしと言い切ることは難しいのだが、コワモテのおじさんを背後に背負う身としては、ヨシトミ騎手には最後まで全力で追ってほしかった。

昨年の今ごろは牡馬相手のオープンで接戦を繰り返していた馬である。休養明けを叩いた2戦目。しかも牝馬限定の平場500万レースとなれば、人気を集めるのも無理はない。だが、その一方でデビュー以来7戦目にして初めてとなるダート競馬。しかも大外16番枠。1番人気とはいえ単勝2.9倍というそのその数字に、ファンの迷いが表れていたように思う。

実はダートを進言したのは柴田善臣騎手自身だったとも聞く。芝ダート兼用のフジキセキ産駒であるし、なによりこの時期の番組事情を思えば、ダートにメドが立つことの意義は小さくはない。だが現実はそんなに甘くはなかった。お母さんも兄弟たちもほとんどが芝で活躍していることを考えれば、「ダートは苦手」と結論付けられても、それを否定する材料は現時点では見つからない。

9レースの黒竹賞には、あのソロルが出走してきた。圧倒的強さで1位入線しながら降着の憂き目を見た芝のデビュー戦から2か月半。父がシンボリクリスエスで自身はゴールドアリュールの近親という血統背景に加え、やはり冬場の番組のことを考えダートに矛先を変えたわけだが、こちらの方は大正解だった。ダートの未勝利戦を楽勝してここに駒を進めてきたのである。

レースは大外枠で出遅れ、外々からの競馬を強いられたのはヴィオラーネと同じ。しかも、4コーナーで先団に取り付こうと動いた時、内にいたロバーストナカヤマに接触して外に弾かれてしまった。キャリアの少ない3歳馬ということを考えれば、レースが終わってもおかしくないシチュエーション。だが、そこから猛然と追い込んで、ゴール寸前ではついに差し切ってみせたのである。人馬ともども、その勝負根性には頭が下がる。

これでソロルは4戦して3度目の1位入線を果たしたわけだが、その3度とも外国人ジョッキーでだったことは無視できまい。馬を動かすという技術よりもまず、どんな状況でも上の着順を目指そうというその姿勢に目を奪われるのである。有馬記念のルーラーシップにしても然り。出遅れや接触は、敗因としてこれまで幾度となく聞かされたいわば言い訳の王道。そのおかげで、我々はそれをすっかり「致命的な事象」と思い込んでしまったフシがあるのだが、実は案外それほど大きなファクターではないかもしれない。

Viuy 

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2013年1月12日 (土)

おかわりや@西船

Buri1

1月5日の「小寒」から「節分」までの今の時季はいわゆる「寒の内」。屋外での競馬観戦が、一年のうちで最も辛いシーズンということになる。特にスタンドに日差しが遮られる午後の中山競馬場の寒さは筆舌に尽くし難く、「ガラス張りのスタンドは臨場感に欠ける」という意見には概ね賛成なつもりなのだけど、この時期ガラスの外には一歩も出たいとは思わない。

寒い!

一方で寒さゆえの楽しみも。京成西船駅近くの食堂『おかわりや』(※注:日曜定休)は、この時季になると寒ブリを使ったメニューが登場する。ブリ刺定食は大きめに切られた刺身が8切れに小鉢と茶碗蒸しまでついて、なんと850円。

安い!!

寒海苔、寒サバ、寒卵……等々。寒さが厳しくになるにつれて滋味が深まる食材はいくつもあるが、中でも寒ブリはその筆頭格であろう。淡いピンク色の身を口に運べば脂の上品な甘みが口の中に広がり、引き締まった身の歯応えとなるともはや言葉に表し難い。心身ならびに懐まで寒くなりかけた競馬場に、メインを待たずして見切りをつけたのは大正解だった。寒さに震えるよりも、美味さに震える方がよほど楽しい。

厳寒期は競馬の開催をやめるべきだという意見がある。客が入らぬ上、事故の危険性が高まるというのがその理由だ。実際、私もオフシーズン導入論に同調しかけたこともあった。

だが最近では、寒いから競馬場に行きたくないという人は行かなければよいのだし、故障が怖いから馬を走らせたくないという陣営には休ませるという選択肢も用意されているという中にあって、これだけの競馬が行われているんだからそれはそれでいいじゃん というラディカルな思想に辿り着きつつある。寒さに負けじと走る人馬に声援を送るもよし。寒さから逃れるように西船の食堂の寒ブリに走るのもよし。敢えて終日寒中に立ち、精神鍛錬に挑むのもまたよかろう。寒の内といえば食べ物のみならず、寒稽古、寒参り、寒念仏……等々、鍛錬の季節でもある。

Buri2

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2013年1月11日 (金)

ふんじゃあ3連勝記録は?

Yt 

「天才が驚異の1日8勝!! 武豊騎手(33)=栗東・フリー=が7日の阪神競馬でJRA新記録となる1日8勝の偉業を達成した。従来の記録は自身(4回)のほか安田隆行、南井克巳、(現調教師)、横山典弘、蛯名正義の6勝だった」(2002年12月8日付サンケイスポーツ)

スポーツの世界に限ったことではないが、新記録が樹立されたことを記事にする場合は、このように塗り替えられたそれまでの記録を附記して紹介するのが一般的。それが記録更新の裏付けともなる。

だが、シンザン記念当日の京都で㈱栄進堂が達成した「同一馬主による4連勝のJRA記録達成」を報じたどの新聞にも、従来の記録を紹介した記事を見つけることはできなかった。おそらくJRAからのリリースに記載が無かったのだろう。JRAでも同一馬主による同一場の連勝記録までは洗い切れなかったのではあるまいか。

スポーツと記録は表裏の関係にある。プロ野球ではセ・パ両リーグにそれぞれ記録部があるのに、JRAやNARには総務部や企画部に並ぶ位置付けとしての「記録部」という組織は存在しない。だからたまに記録上の混乱が起きる。それで「スポーツ・オブ・キングス」を標榜し、さらに「近代競馬150周年」を謳うのも、果たしてどうかと思う。

筆者がざっと調べたところでは1885年10月25日の不忍池秋競馬2日目で「分部氏」の所有馬が2~4レースを3連勝しているのをはじめ、E.H.アンドリュース氏(名義は「Nemo」)は、1889年10月29日根岸秋季競馬初日の5~6レース、1889年10月30日根岸秋季競馬2日目の7~9レース、1890年5月2日根岸春季競馬3日目の2~4レースと、3回にわたって3連勝を記録している。

残念ながら4連勝の記録を探し当てるには至らなかったのだが、私が参照した資料には馬主名が記されていなかったり、勝ち馬そのものが「不明」などとなっていたりするレースもあるので、ひょっとしたら4連勝も達成されていたのかもしれない。まあ、興味のある方は、ぜひとも全容解明に取り組んでいただきたい。

ただ、こうして調べてみて思ったのである。そもそも馬主の連勝記録というものは、いったいどれほど価値のあるものなのだろうか。

もちろん馬の連勝記録には意味がある。騎手の連勝記録にしても、調子や技量を勘案する上で意味がないとは言えないだろう。だが、馬主や厩舎の連勝記録は、めぐり合わせによるところが大きい。立て続けにウイナーズサークルに降りていく馬主本人にとってみればテンションが上がる出来事だろうが、馬券を買うファンにしてみれば「同じ出目が続いた」程度の受け止め方がほとんどなのではなかろうか。

また、馬主の立場に立てば「連続勝利数」よりも「トータル勝利数」が多い方が嬉しいに決まっている。先週の土日に㈱栄進堂さんが手にしたトータルの勝利数は、実は日曜京都の5勝のみ。むろんそれだけでも凄い数字であることには違いないのだが、「今週の勝利数」という視点に立てば5勝や6勝というのはさほど珍しい出来事ではない。2004年8月14日の札幌で5勝を挙げたと紹介されたサンデーサラブレッドクラブは、その週のトータルで7勝を稼いでいる。

ともあれ、今回の記録達成に対し、ただちにリリースを出したJRAの対応は悪くなかった。きっと慌てて調べたのであろう。かつてニシノライデンが春の天皇賞で斜行・失格となった際、競馬会の担当者が「前例があるのかどうか分からない」と右往左往していたことを思い返せば、まさに隔世の感を禁じ得ない。

Ashin

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2013年1月10日 (木)

来福亭@人形町

Noren

ポークソテーやメンチカツ、さらには定番のオムライスなど、人形町には洋食の老舗が数多く軒を連ねる。中でも御三家と言えば『キラク』『芳味亭』『小春軒』であろうが、私は敢えてそこにもう一軒を加えて“人形町洋食四天王”を訴えている。

そのもう一軒というのが写真の『来福亭』。親子丼で有名な『玉ひで』の並びにひっそりと暖簾を掲げる店に初めて入った客は、その狭さにまず驚くことであろう。下町の家の玄関先のようなところに、テーブルが2つしかない。そんなこじんまりした店舗は、1948年に「改装された」のだという。では創業は?と聞けば「明治37年」との答えが返ってきた。西暦で言うと1904年。なんと日露開戦の年である。

そんなクラシックな店内の壁には「オムライス」「ハムライス」「メンチカツ」「サンドヰッチ各種」などと、昭和テイスト満載のメニューが掲げられている。中でも目を引くのは「カニヤキメシ」と「メンチエッグ」だ。

「カニヤキメシ」はご想像の通りカニチャーハンである。洋食店だからピラフ風ということもなく、上品な塩味に炒められた炒飯に、ハッキリそれと分かるカニ肉が入っている。普通ならわざわざ注文しないような一皿だけど、ついつい「ヤキメシ」という呼び名に負けてしまう。そこにはどことなく人の郷愁をくすぐるものがあるように思えてならない。

もうひとつの「メンチエッグ」の正体は、メンチカツを乗せた巨大な玉子焼き……ではなくて、単に目玉焼きを載っけただけのハンバーグです(笑)

それならせめて「エッグメンチだろ!」と、先日の川崎『コシバ』の「スパエッグ」と同じツッコミを入れたくなるところだが、ひょっとしたら昔の食堂のメニュー表記には「主体+修飾」というルールでもあるのかもしれない。これは今後の研究課題ですな。

Egg_2


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2013年1月 9日 (水)

女傑の時代

Vodka  

話題のNHK大河ドラマ「八重の桜」がスタートした。会津戊辰戦争の戦いぶりから“幕末の女傑”とも称された新島八重の一代記。初回視聴率は21.4%と、まずは上々の滑り出しだったようだ。

女性でありながら鶴ヶ城籠城戦に参加した八重は、男装に身を固め、白虎隊士に銃の扱いを指導し、砲弾を携えて藩主に敵砲の構造を説明する一方で、自らも最新のスペンサー銃を新政府軍に向けて対峙したという。その奮闘ぶりはまさに「女傑」であった。

競馬でもよく使われる「女傑」とは「男勝り」の意。すなわち、単に女性の頂点に立っただけでは女傑と呼ぶことはできない。

これに従えば、メジロラモーヌ、スティルインラブ、アパパネといった牝馬たちは、牝馬限定の3歳GⅠをすべて制したその実績を持ってしても女傑とするには当たらない。牡馬を相手にGⅠを勝っていないからである。さらに言えば、たとえ牡馬相手にGⅠを勝っていても、それがマイル以下の距離では評価されにくい。一般に距離が短くなればなるほど、牡馬と牝馬の能力差は小さくなるとされる。

それだけ条件を厳しくしても、この数年だけでウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタという3頭もの名牝が該当するというのだから驚きやしないか。今まさに日本の競馬は女傑の時代を迎えている。

そして昨日、さらに一頭の女傑が年度代表馬に選ばれた。昨年のジャパンカップを勝ったジェンティルドンナ。牝馬3冠だけならばメジロラモーヌらと同格にとどまったところだが、ジャパンカップで昨年の年度代表馬オルフェーヴルを破ったことには破格の評価を寄すべきであろう。しかも、これが古馬との初対決だったと思えば「女傑度」はいや増す。

戊辰戦争が終わり、のちに同志社大学を設立する新島襄と結婚した八重は、やがて西洋のドレスを身に纏い、大きな花の着いた帽子を被り、ハイヒールを履いて、指輪と腕時計を身に着けるようになったという。そこに男と同じ黒装束に身を固めた戊辰戦争当時の面影を見ることはできない。女傑から貴婦人への華麗な転身。「ジェンティルドンナ」とはイタリア語で「貴婦人」の意味でもある。ドラマと競馬。女傑たちの今後に注目する一年になりそうだ。

Iwata  

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2013年1月 8日 (火)

濫用避けたい“冠馬”の称号

Gold1  

 

有馬記念の表彰式でのこと。進行を務めるアナウンサー氏が「(ゴールドシップ号が)見事3冠を達成です」と紹介したので、思わずひっくり返った。私の周囲にいた人も「何ぃっ?」とか「ええ゛っ!?」とかいう声を挙げ、一様に驚いていた様子であったから、私のリアクションもさほど的外れではなかったと思う。

つまり、アナウンサー氏の言わんとするところは「皐月と菊のクラシック2冠プラス有馬記念で“3冠”」ということだったのであろう。だが、私の周囲ではたちまち議論の輪が広がったのである。「ディープブリランテに失礼だ」というものや、「“3冠馬”ではなく“3冠”と言っただけだからOK」など意見は様々。最終レースを間近に控えた時間帯でもあり、議論の深まりを見ることがなかったのが、なんとも残念でならない。

本来「3冠馬」とは、皐月賞・日本ダービー・菊花賞をのすべてを勝った馬を指す。五つある3歳クラシックレースのうち牡牝両方が出走可能なレースを対象としたもので、これは国際的に通用する称号でもある。

ところが、日本ではシンザン以後、天皇賞、有馬記念を含めて「4冠馬」「5冠馬」と冠対象レースが拡大され、ついにシンボリルドルフやディープインパクトなどは「7冠馬」と呼ばれるようになってしまった。

しかし、冷静に考えてみれば、一生に一度しか出られない3歳クラシックレースと、現役を続ける限り何度でも出走できる古馬GⅠレースとでは、たとえ格付けは同じGⅠあったとしても、その価値というものは明らかに異なるはず。しかも最近では男女平等の視点からか、牝馬限定のGⅠレースも均等視する風潮があり、ジェンティルドンナを「4冠馬」と呼ぶ向きもある。なのに、一方で桜花賞・オークス・ダービーを勝ったクリフジが「3冠馬」の称号を得ぬのは明らかに矛盾であろう。だいいち秋華賞はクラシックレースではない。

良識ある新聞では、4冠以上の表記では便宜的表現として“”で括ることにしている。だが、実際にナリタブライアンを紹介する記事にあったように、「GⅠ5勝の“4冠馬”」などと書くくらいなら、「GⅠ5勝の3冠馬」と書いた方が分かりやすい。ナリタブライアンは朝日杯を冠としてカウントするかしないかで、「4冠馬」とも「5冠馬」とも呼ばれる。混乱の要因となり得るような称号の濫用は避けるべきだ。

障害やダートグレードを含めれば年間33回もGⅠ級レースが行われ、しかも競走馬の現役期間は伸びる一方の昨今である。オルフェーヴルが宝塚記念で連覇を果たしたら、果たして「6冠馬」と呼ばれるのだろうか? 無用な混乱を避けるためにも、3冠馬の称号はあくまでも皐月・ダービー・菊花賞の3レースのみと既定し、GⅠのタイトル数については別の名称を考える時期にきているような気がする。

Brian  

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2013年1月 7日 (月)

塩鮭の味

Sake

正月も松の内を過ぎれば、またいつもの日常が戻ってくる。正月料理に飽きた口に塩鮭の辛さが恋しくなるのもこの頃合い。ふと、暮れに浦河の牧場から荒巻が届いたのを思い出した。

夕食に塩鮭を食べるのはいつ以来のことであろうか。朝食の定番メニューとして、あるいはおにぎりの具として、完全にメジャーな地位を確立してしまったことが、かえって夜のメインディッシュから遠ざけてしまった。しかも驚くことに、子供たちは「しょっぱい!」と言って、ひと口食べたきり箸を付けようとせぬ。我々の世代には懐かしささえ覚える塩鮭の辛さは、脂のたっぷり乗っているサーモンのソテーや回転すしの味わいに慣れきった子供らには受け入れられぬのであろう。「正月魚」の別名でも呼ばれる荒巻用の鮭も、今年は不漁が伝えられる。

とはいえ、焼いた塩鮭で食べる白いご飯ほど美味いものを、私はほかに思い浮かばない。白いご飯に合うということは、当然ながら日本酒にも合う。適度な塩味と水分が抜けて旨味が凝縮した身の味わいは、肴として申し分ないのである。なのに、居酒屋のメニューにハラス焼きがあっても焼き塩鮭を見ることはほとんどない。「おにぎりの具」としてしか見られない塩鮭の悲しさがここにも表れているが、大衆食堂ならその組み合わせも可能だ。競馬がハネたあとの食堂で、焼き塩鮭に熱燗を合わせてごきげんになっているオジサンを見かけたとしても、決して憐憫の眼差しを送ってはならない。実は相当なグルメだったりする。

ところで、以前、JRAや大井で活躍したこの馬の名前は、ひょっとしたら「鮭大好き」だったのか?……なーんて思って、念のため確認してみたのだけど、やはり「酒大好き」でした。そりゃ、そうですよね。

Sake2  

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2013年1月 6日 (日)

鳳凰(ファンファン)@飯田橋

Fanfan2

 

飯田橋駅を降りて早稲田通りを神楽坂とは逆の方向に向かい、デニーズを過ぎた角をまた左に曲がると『鳳凰』という小さな中華料理店を見つけることができる。

広東省出身というおかみさんによる手づくりの料理は、祖母と母から受け継いだまさに“おふくろの味”だ。この店を知る人にしてみれば、「中華料理店」というよりは「中華大衆食堂」と呼んだ方がしっくりとくるに違いない。かつてこの界隈にあった某競馬専門紙のオフィスに来るたびに通いつめたのだが、安くてボリュームのある定食にはお世話になりっぱなしだった。そんなワケで、「ほうおう」という言葉を聞くと、私はまず真っ先にこの店のことを思い出してしまう。

さて、先月行われた3歳500万条件ひいらぎ賞、そして昨日のジュニアカップと、芝のマイル戦で連勝を果たしたマイネルホウオウは、むろん中華大衆食堂とは何ら関係はなく、新種牡馬スズカフェニックスの産駒。

ドクターデヴィアスやプルラリズムといった種牡馬の近親としてデビュー前から注目を集めたスズカフェニックスも、牧場で生まれた当初は競走馬になるのも危ぶまれるほどハプニングの連続だったという。生まれつき体質が弱く、突然目が黄色くなる病気で競走馬になることも危ぶまれた当歳時。台風で厩舎が浸水し、一時的によその牧場で避難生活を送った1歳時。「フェニックス(不死鳥)」の名の由来は、度重なる苦難を乗り越えた同馬の生い立ちにこそあった。

GⅠ勝ちは5歳時の高松宮記念ひとつだけだが、全29戦で掲示板を外したのが4回だけという安定した成績はまさに能力の証。「不死鳥」譲りのスピードを活かす競馬で「鳳凰」がどこまで空高く舞い上がることができるのか。春の楽しみがひとつ増えた。

Houou





  

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2013年1月 5日 (土)

一年の計とは

Ji8  

いかに競馬ファンとはいえ、私のように元日から川崎競馬場に入り浸っているような人間は少数派であろうから、多くのファンにとっての新年は金杯で明けることとなる。

「金杯で乾杯」の格言通り、金杯当日の競馬場はさながらファンや関係者同士の新年会の風情。さらに今年は有馬記念からまるまる2週間が空いたこともあって、久しぶりに「金杯は満杯」の格言も復活した。中山競馬場の入場者数は昨年末のGⅠ・朝日杯フューチュリティS当日の3万6870人をはるかに凌ぐ5万1929人。昨年の金杯当日3万8518人をも大きく上回る大盛況である。

「中山は遠いし、混んでるから」という不届きな理由で有馬記念に顔を出さぬことさえある私でも、年の初めの金杯には必ず顔を出す。新年の挨拶を欠かすとその一年を通して疎外されそうな不安に苛まれるだけでなく、元日から4日も続けて川崎に入り浸っていると、そろそろJRAの競馬場に行かないとダメになるような気がしてならない。

金杯の中山競馬場に赴くにあたっては、新品の赤ペンを携行することを常とする。散々な成績に終わった前年の厄払いというつもりではないが、やはりどこかで気持ちを新たにする節目を作りたいのであろう。それにはこの金杯の日をおいてほかにあるまい。真新しい赤ペンでマークした新年最初の中山1レースは、惜しくも1着&3着。赤ペンが変わったくらいで私の馬券下手が治ることはない。

ところで、金杯に関する格言として、「一年の計は元旦にあり」という諺をもじって「一年の計は金杯にあり」という言葉を使う人がいる。おそらく「一年の計は元旦にあり」という言葉の意味を「何事も最初が肝心」と誤解してしまい、「金杯を当てて良いスタートを切ることが大事」と言いたいのだろうが、これは誤用も甚だしい。

「一年の計は元旦にあり」の語源は、中国の「月令広義」に書かれた「一日之計在晨、一年之計在春、一生之計在勤、一家之計在身」の部分で、物事を始めるにあたっては、最初にきちんとした計画を立てるのが肝要であり、一年の計画は年の初めである元旦に立てるべきであるという意味である。

「一年の計画を金杯で立てる」となると、それはいったいどういうことか?

「金杯ハズれちゃったから、今年は馬券を買う額を控えよう」

というのなら、まだ分かるような気がするが、

「今年はずっとヨコテンを追いかけるぞ!」

とか

「今年は馬連6−11を買い続けよう!」

などとなってしまったら、その一年の破綻はもう見えている。金杯で一年の計画を立てることなど、しょせん無理。私の個人的感覚では、金杯でほどよい敗北を喫した年の方が、年間トータルでは好成績を収めてきたような気がするのだが、果たしてどうだろうか?

Uiv  

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2013年1月 4日 (金)

コシバ@川崎

Koshiba  

JR川崎駅から川崎競馬場に向かって歩き、市役所の前あたりで路地を右手に折れると、そこだけ昭和のまま時計が止まったかのような、実に味わいのある食堂が姿を現わす。

『コシバ食堂』はこの地に半世紀以上の歴史を誇る老舗。「味のデパート」のコピーに違わずラーメンからカツ丼を経てオムライスに至るまで、その守備範囲は北海道日本ハムファイターズ・糸井外野手のごとき広さを誇り、競馬オヤジの好みを捕り逃すことはない。

写真の「スパエッグ」は、ごく普通のナポリタンにスライスしたゆで卵をトッピングした一皿。「卵を載せたスパゲティなら“エッグスパ”だろ!」というツッコミもあろうが、これで500円なのだから文句は言うまい。銀色のステンレス皿にしても、レトロ感を演出するためでもなんでもなく、単に昔から同じものを使い続けているだけ。そこにはリアルな昭和が残されている。

こんな絵に描いたような大衆食堂には、何か底知れぬ力を感じやしないか。特筆するほど美味いわけでもなく(失礼!)、安いと言ってもハンバーガーや牛丼のチェーンには負けるというのに、それでもなぜか繁盛しているあのパワーの源は、いったい何なのであろうか?

オイルショックをかいくぐり、バブルに浮かれることもなく、その崩壊後もまるで何事もなかったかのように定食を出し続けているのだと思えば、感心せぬわけにもいくまい。

全日本2歳優駿の夜に豚汁をいただいた『島田屋』は、朝の6時から営業開始という有難い一軒。川崎競馬場の能験の時などは、特にこの店の有り難さが身にしみる。冬場の能験は行くのが億劫になることも間々あるのだが、具だくさんの豚汁と玉子かけご飯の朝食を楽しみにすることで、どうにかサボらずに済んでいるように思えてならない。

『島田屋』の若旦那は、親の食堂経営を手伝うために商社を辞めたのだという。大衆食堂には家族で経営しているところが少なくない。潰れそうで潰れない。その底力は、家族の結束力にあるようにも思える。流行りばかりを追い求めて毎日のようにオープンする洒落たレストランが、いつの間にか閉店していくのを横目に、大衆食堂は今日も暖簾を掲げている。

Supaegg

 

※「コシバ」は本日1/4より営業しているそうです。

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2013年1月 3日 (木)

報知オールスターカップ

Allstar  

「今日は戸崎君の判断のおかげ」と川島正行調教師が珍しく騎手を褒めたレースぶりで南関東今年最初の重賞を勝ったのは、明けて6歳となったシーズザゴールド。羽田盃以来3年ぶりの1着先頭ゴールとなった。

過去の勝ち馬にエスプリシーズやアンパサンドといった名前が並ぶことで「SⅢ格付の割にはレベルの高い重賞」といったイメージもある報知オールスターカップだが、これは京成盃グランドマイラーズや埼玉新聞栄冠賞などでも言われるフレーズで、もはや聞き飽きた感も漂う。実は大井以外で古馬のSⅡ重賞は行われていない。賞金体系、距離体系、そして所属馬のレベル。この三者のアンマッチが引き起こす一種の錯覚ではあるまいか。

この日の入場者数は1万3544人。昨年JBC当日の1万4797人には及ばぬが、おそらく今年の最多入場者記録であろう。ちなみに元日が1万1015人、2日も1万1747人が入った。すぐ隣を走る箱根駅伝の観戦や、川崎大師への初詣と合わせて来場してくれたお客さんも多い。川崎記念や関東オークスでも1万人に届かない昨今の情勢からすれば、今や正月三が日の開催は川崎の生命線に違いあるまい。正月開催が始まって7年。より一層の定着化に力を注ぎたい。

Shishi  

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2013年1月 2日 (水)

東京箱根間往復大学駅伝競走

Ekiden

正月2日目。自宅で、あるいは帰省先で、箱根駅伝の中継に見入ったという方も多かろうと思う。今年の視聴率はまだ分からぬが、昨年は27%台後半という高い数字を記録。この10年間でも、ほぼ毎年20%台の後半を維持し続けている。日本テレビが中継を開始した1987年当時は20%に達していなかったことを考えれば、驚異的とも思える数字だ。

なぜ箱根駅伝が、あるいは箱根駅伝中継番組が、これほど多くの人たちに受け入れられるようになったのであろうか?

スポーツにひたむきに打ち込む若者たちの頑張りを伝えるという意味では高校野球に通ずるものがある。ただ、高校野球では、活躍した選手たちがプロ野球や米大リーグなどでさらにメジャーになっていくのに対し、駅伝の場合、そこからオリンピックでメダルを獲得するような有名ランナーが出現することは   箱根駅伝のない女子選手の活躍ぶりと比較しても   極めて稀と言わざるを得ない。

「箱根まで行って、山を登り降りして、東京に戻ってくる」という世界的にも類を見ない特異なレースへの挑戦を夢見て強豪大学へと進学し、そこで燃え尽きてしまう選手が多いのであろうか。しかも、箱根への挑戦が許されるのは生涯のうち僅か4年の間に限られると思えば、高校野球というよりは、競馬のクラシックレースにも似る。つかの間に輝く箱根のランナーの姿は、ダービーで最高の輝きを放って燃え尽きてしまったタニノギムレットやロジユニヴァースのような馬を思わせてならない。

箱根を走るランナーの中にも、競馬を意識する選手がいる。5区の山登りを走った駒大の2年生・村山謙太選手は、競走馬育成シミュレーションゲーム「ダビスタ」でイメージトレーニングをしているそうだ。調教は練習にも通じる上、レースでどこを仕掛ければいいかとかも参考にしているという。本人は自分の脚質を“好位差”と評するが、残念ながら今年は“後方尽”だった。来年のリベンジに期待しよう。

Logi


 

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2013年1月 1日 (火)

らーめん坊@川崎競馬場

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大井競馬場で全12レースをベットリと買い、ケツの毛までむしられる歴史的大敗北を喫してからまだ17時間しか経過していないというのに、2013年最初の勝負を打つために川崎にやってきた。2013年最初のレースを勝ったのは石崎駿騎手のトチノテイオー。だが、残念ながら私の買い目にはない。まあ、そりゃそうですよね。年が変わったからといって、一晩でいきなり馬券が上手くなるはずもない。

本来なら関係者各位に対しては「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」と丁重な挨拶を交わさねばならぬはずなのに、つい昨夜顔を合わせたばかりの相手と思えば、「あぁ、昨日はどうも」みたいなぞんざいな挨拶になってしまう。そも、南関東には「金杯で始まり有馬記念で終わる」みたいな暦感は存在しない。おおとりオープンを勝って2012年を勝利で締めくくった今野騎手も、1レースから普段と変わらぬ様子で騎乗している。

そんなことに思いを巡らせながら、2号スタンド1Fの食堂『らーめん坊』で麻婆定食を食べている。思えば、これが2013年最初の食事である。どうせならもっと正月ムード漂うメニューにすればよかったかもしれないが、もとより正月感が薄い現場にいるのだから、食べたいものを食べれば良い。底冷えのする今日の寒さに抗うには、麻婆豆腐がベストと思えた。

「辛いだけではダメ。四川料理には痺れる辛さも必要。辛いだけだったら湖南料理の方が辛い場合がある」

たまたま私の住まうマンションの同フロアに住んでいる「四川料理の巨匠」と呼ばれる料理人が、麻婆豆腐のイロハを叩き込んでくれた。最初に辛さがやってくる。しかるのちに、辛さの中に含まれるほのかな甘味とじんわりした旨味、そして最後に舌が痺れるような不思議な味わいが訪れる。それらが口の中でまとまることで、真の麻婆豆腐の味が具現化されるのだと言う。『らーめん坊』の麻婆豆腐にも通じるところがある。

まあ、そんな薀蓄などは脇に置いて、凍えるほど寒い日の食堂で食べる麻婆ライスほど美味いものは、他にそうあるものではあるまい。

『らーめん坊』という店名の通り、かつてはラーメンと餃子程度しか出さぬ店だったのだが、数年前から今のような豊富なメニューを揃えた中華食堂に様変わりした。横浜中華街たたき上げのベテラン料理人のもとで修行した主人のふるう中華鍋からは、競馬場の食堂とは思えぬほど本格的な中華料理が次々と生み出される。特に棒棒鶏定食や回鍋肉定食などは、そのボリュームに注文した客が驚くほどだ。

店内にはパドックやレースの模様を映し出すモニターが設置されていないから、長っ尻の客は少ない。なのに昼時には店外に行列が伸びることも。競馬ではなく、この店で食事をするために入場してくるという客もいると聞けば、これが2013年最初の食事であっても、さほど悪くはあるまい。長い長い一年が、また始まった。

Mabo  

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