2018年8月13日 (月)

名牝モシーンへの思い

昨日の関屋記念を勝ったのは3歳牝馬のプリモシーンだった。(写真は昨年秋の未勝利優勝時のもの)

Purimo 

今年の3歳馬による古馬重賞勝利第1号。関屋記念での3歳馬の優勝はエイシンガイモン以来22年ぶり。そして3歳の牝馬ということになるとクールハート以来、実に31年ぶりの出来事となった。ちなみにクールハートは6番人気の伏兵だったが、プリモシーンは歴戦の古馬相手に堂々の1番人気。他馬のマークを一身に受けながら、それでも勝ち切って見せたのだから素晴らしい。クールハートの勝利とはひと味違う。

彼女のお母さんのモシーンは、VRCオークスなど豪州GⅠ4勝。一族には香港チャンピオンマイラーのラッキーオーナーズや、2年連続で豪州年度代表馬に輝いたマイトアンドパワーが名を連ねている。そんな名牝が繁殖として日本にやってきたのはオーナーのフィル・スライ氏の熱意によるところが大きい。もともと日本好だったスライ氏は、セレクトセールでの来日が縁で吉田勝己氏と懇意になった。その親交が深まる中で、お世話になった勝己氏への恩返しにとモシーンの所有権の半分を譲ったという。

そんなスライ氏の男気のおかげで、我々は歴史的名牝の子を間近に見ることができている。2年前のシルクホースクラブの1歳馬募集において、「フサイチパンドラの15(のちのアーモンドアイ)」の倍近い応募数を集めたのも、その血統を見れば当然であろう。ちなみに募集価格はアーモンドアイが3000万円であったのに対し、プリモシーンは5500万円。サンデーレーシングの会員が「あれほどの血統馬がなぜシルク(での募集)なんだ?」と、ノーザン関係者にぼやいていたことを思い出す。

日本が好きで、その日本でお世話になったからとモシーンの権利を譲ったスライ氏は、豪州人として本邦外居住馬主の第1号にもなった。その時すでに肺癌の闘病中ではあったが、「ベリーハッピー」とコメントされていたと思う。モシーンの子が日本の競馬場で走る日を心待ちにしていたそうだ。だが、1番仔・キャリコのデビューを見届けることなく、57歳の若さでこの世を去ってしまった。

ちなみにプリモシーンはモシーンの2番仔である。そんな彼女はこの秋、いったいどこを展望することになるのだろうか。関屋記念のレース後、関係者はそれを明言しなかった。

2500mのVRCオークスを9馬身差で圧勝した母を思えば、2000mが長いとも思えぬが、秋華賞には同じ勝負服のアーモンドアイがいる。となればマイルチャンピオンシップという可能性も高い。なにせ彼女はここまで首尾一貫してマイルばかりを使われてきた。いっそのこと両方狙ってみてはどうか。決して無理なローテーションではないし、チャンスは多いほど良い。「いつか日本でGⅠを勝ちたい」と言っていたフィル氏も、きっと喜ぶはずだ。

 

***** 2018/08/13 *****

 

 

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2018年8月12日 (日)

次なる高みへ

本更新です。

的場文男騎手が大井競馬5レースでシルヴェーヌに騎乗して1着となり、地方競馬通算7152勝を達成。佐々木竹見さんの持っていた日本記録を更新した。

「そんな日に……」と競馬関係者から叱られるかもしれないが、今日は埼玉で墓参り。快挙達成の一報は墓前でもたらされた。「やったぁ!」と叫んで今度は周囲からバチ当たりと呆れられる始末。それでも私が最初に思ったのは、苦行から開放されたカメラマンへの労いである。8月1日に通算7150勝目をあげ、タイ記録にあと1勝と迫ってからよもやの21連敗。しかも、その半分以上の騎乗馬が1~2番人気に推されていたこともあって、現場には言葉では言い表せないような無力感が漂っていた。

7150も勝ってきた人が、たったひとつ勝つことにこれほどまでに苦しむものか。

しかし、である。7152もの勝ち星を積み重ねた裏には、33415回もの苦い敗戦があった。その数を思えば21連敗なんて驚くに値しない。それだけ競馬で勝つことは難しく、またそれだけ的場文男騎手は数多くレースに乗ってきた。

Matoba 

筆者は的場騎手の凄さは、60歳を超えてなお騎乗制限数いっぱいの一日8鞍をこなすその強靭な肉体と、その歳に至ってなお貪欲に勝利を狙う精神力にあると考える。一般に年齢を重ねるごとに勝ち負けへのこだわりは薄れていくもの。私にしても。馬券で負けたところで何も思わなくなった。だが、的場さんにはそれがない。だから続けていられる。

「自分は営業が苦手。調教師には向かないから、この世界に入ったときから生涯ジョッキーと決めていた」

そんな覚悟もレジェンドを生み出したひとつの要因か。「生涯一騎手」の信念は、もうひとりのレジェンド・武豊騎手にも通じる。

「自分が乗ることで迷惑をかけると思うまでは、乗り続けたい」というベテランの意欲に、まだまだ衰えは感じられない。次なる目標は悲願のダービー制覇か、あるいは通算8000勝の大台か。目標がある以上、ひとり先頭を走る孤独を感じることもあるまい。狙うべき頂はまだいくつもある。

1994年10月20日。ニュージャージー州のフリーホールド競馬場の4レースに勝った8歳牝馬の、その手綱を握っていたジョージ・マッキャンドレス騎手は、なんと当時83歳だった。これがおそらく騎手としての最高齢勝利記録。不可能と思われた7152勝をあっさりクリアした的場さんなら、この途方もない記録さえ塗り替えることができるのではないか。どうせなら、そこまで期待してみたい。

 

***** 2018/08/12 *****

 

 

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2018年8月11日 (土)

花火と競馬

今日は神宮の花火大会。遠く離れた我が家にも音だけが聞こえてくるのだが、何事かと飼い犬がわんわん鳴いて困った。むかしむかし川崎のナイターが行われている最中に、すぐ隣の六郷土手で花火大会が行われてしまい、人気を背負って負けた某騎手がキレまくったエピソードを思い出す。

「最近は関屋記念にも行ってません」

我が家に届いた暑中見舞いにそんな一文が添えてあった。その知人はかつて、長岡の花火大会に合せて毎年のように新潟に足を運び、その流れで関屋記念を観戦するのが夏の慣わしとしていた。ところが、数年前の番組改編に伴って、関屋記念がそれまでより一週遅れとなってしまい、花火大会と組み合わせることが難しくなったのである。この日程変更が痛かったのは私にしても同じ。新幹線であれ高速道路であれ、お盆のド真ん中に帰省ラッシュの海を泳ぎ切る自信はとてもない。夏の新潟といえばアイビスサマーダッシュではなく、誰が何と言おうと関屋記念。そう信じて疑わない私だが、この先関屋記念をナマで観戦する機会は、もう訪れないかもしれない。

Magu 

周囲に聞いてみても、花火大会に合わせて新潟競馬場を訪れる競馬ファンは存外多かった。花火は観光客にとって夏の大イベント。そして、関屋記念は競馬ファンにとって夏の一大イベントである。その片方が無くなってしまえば、新潟に足を運ぶモチベーションも下がりかねない。件の知人は北海道に旅先を変えたそうだ。函館記念当日に花火大会があるのだという。同じGⅢであっても、レパードSでは関屋記念の代わりは務まらんということだ。

Kanfar 

思い返せば、私が初めて新潟競馬場を訪れたのも、長岡花火大会を見てから関屋記念観戦に向かうという行程だった。

出雲崎の海岸に遊び、寺泊で飯を食べ、弥彦山に登ってお参りを済ませ、長岡へ戻って信濃川の土手に陣取ると、缶ビールを片手にのんびり花火を眺めた。フィナーレの三尺玉が空中で破裂した瞬間の、あのビリビリと痺れるような衝撃波は今も忘れぬ。

一日挟んだ翌々日は新潟競馬場。2レースの人気薄に跨った増沢騎手が絶妙に逃げて、いきなり7千円の大穴が空いた。枠連しかなかった当時のことゆえ、7千円の衝撃は小さくない。「またまた三尺玉炸裂だぁ!」と騒いだ記憶がある。メインの関屋記念も、その増沢騎手マキバサイクロンの優勝だった。

そんな夏の思い出も、変更されたレース日程では生まれにくくなりそうだ。サマーマイルシリーズの「一環」という位置付けにしても、関屋記念の価値を下げるように思えてどうにも腑に落ちない。慣れてしまえばそんなことも気にならなくなるよと言われそうだが、サマーシリーズに「オータム」というレース名が含まれていることへの違和感さえ、まだ拭い切れていないのである。

Hana 

ところで、今年の六郷土手の花火大会は来週水曜日、黒潮盃の当日に行われる。大井競馬場からもチラチラと見えるので、ぜひとも競馬場に足をお運びいただき、花火と競馬の両方を楽しんでみてはいかがだろうか。

 

***** 2018/08/11 *****

 

 

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