2023年9月22日 (金)

オールカマー、いまむかし

今週の中山メインはGⅡオールカマー。一風変わったこのレース名は、かつてこのレースが年に一度の中央・地方交流重賞だったことに端を発する―――。

そんなコトは誰もが知る競馬の常識。そう信じて疑わぬ私の周囲に、これを知らぬという競馬ファンがいてひっくり返った。

「川崎のロジータがオグリキャップに挑戦したり、大井のジョージモナークがホワイトストーンに勝ったりしただろう」

「オグリキャップは聞いたことがありますけど、ロジータって誰ですか?」

「何ぃ? ロジータを知らぬとはどういうことだ! お前、それでも競馬ファンか!」

「いや、あの……、それっていつ頃の話ですか?」

オグリキャップがロジータを負かしたのは忘れようもない。平成元年である。

「えーと、34年前だ」

「ボク、29歳なんスけど」

「………」

ともあれ、地方と中央の垣根が低くなってからのオールカマーは、天皇賞秋の前哨戦としての存在価値を高めるようになった。GⅡに格上げされ、1着馬には天皇賞秋の優先出走権が与えられるようになる。実際、2018年にはオールカマーを勝ったレイデオロが、その勢いを駆って天皇賞秋を制したこともあった。

しかし、こうした例はむしろ稀な方かもしれない。昨年はオールカマーから天皇賞秋に向かったのは1頭のみ。前哨戦としては日本ダービーと札幌記念の3頭が最多だった。天皇賞秋自体、2年連続でダービーから直行した3歳馬が制している。

オールカマーが秋天の前哨戦のひとつであることは間違いないが、2200mという距離と、レース間隔をなるべく長く空けるという昨今の潮流を重視する時、天皇賞秋よりはエリザベス女王杯を狙う牝馬向きの重賞に変化していることは否定できまい。一昨年はウインマリリン。そして昨年はジェラルディーナ。2年連続で牝馬がオールカマーを勝ち、勇躍エリザベス女王杯へと向かった。その牝馬2頭は今年もオールカマーに出走を予定している。仮に牝馬のワンツーフィニッシュという結果になれば、2021年のウインマリリン&ウインキートス以来、4回目の出来事だ。

Hisi1

話は28年前に遡る。1995年のオールカマーで人気を集めたのはヒシアマゾンだった。その年の春に海外遠征を故障で断念。帰国後の高松宮杯に出走するも、まるで精彩を欠いた走りで5着に敗れている。牝馬は一度体調を崩すと立て直すのが難しい。一時は引退説も流れた。それでもファンはオールカマーに挑むヒシアマゾンを1番人気に押し上げたのある。

実はこの年のオールカマーは台風12号の影響で平日の月曜日に行われた。にも関わらず、46,888人もの観衆が中山につめかけたのは女王復活の瞬間をひと目見たいと願うファンが、それだけ多かったということであろう。前日の雨が残って馬場は稍重。アイビーシチーが先導するスローペースに業を煮やしたヒシアマゾンは、3コーナー付近で早くも先頭に立ってしまう。どよめくスタンドの大観衆。ヒシアマゾンが先頭のまま馬群が直線に向くと、猛追するアイリッシュダンスをクビ差抑えてゴールした。スタンドは大歓声。皆が待ち望んだ女王復活の瞬間である。

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ヒシアマゾンが名牝であることは論を待たないが、アイリッシュダンスにしても牡馬相手に2つの重賞を勝っただけでなく、ハーツクライという不世出の名馬の母でもある。そういう意味において、この年のオールカマーは名勝負だった。

 

 

***** 2023/9/22 *****

 

 

 

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2023年9月21日 (木)

【訃報】スティンガー

最近の若い人はカクテルをあまり飲まないと聞いた。となれば「スティンガー」と聞けば、米国がウクライナに供与した携帯式地対空ミサイルのことだと思う人が大半だろうか。しかし競馬オヤジにとっては1998年の2歳牝馬チャンピオンをおいてほかにない。名牝の訃報が続く。先週はカワカミプリンセスの訃報を聞いたばかり。今日はスティンガーの訃報が飛び込んできた。とはいえ27歳なら大往生であろう。

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この馬を語るのに1998年の阪神3歳牝馬Sを避けて通るわけにはいかない。前週の赤松賞で2勝目を挙げたばかり。連闘でのGⅠ制覇は過去に例がないわけではなかったが、キャリアの少ない2歳の、体調管理の難しい牝馬が、しかも長距離輸送を克服して頂点に立つとは思いもしなかった。それだけの能力の持ち主であると評価されていたことの裏返しでもあるが、彼女はその後も「異例」の道を歩み続ける。

阪神3歳牝馬Sから桜花賞に直行というローテはそのひとつ。今では余計な消耗を避けるため有力馬がステップレースを使わないのは当然のこと。しかし当時はそうではなかった。結果、桜花賞を大敗したことでいわれのないバッシングを浴びることになるが、時代がまだ彼女に追いついていなかっただけの話。さらに3歳秋には秋華賞やエリザベス女王杯ではなく、毎日王冠~天皇賞秋~ジャパンカップという古馬の王道ローテを選択。勝てないまでも、しっかり走り抜けた。やがて彼女の切り開いた道を通って、ブエナビスタやジェンティルドンナ、アーモンドアイといった名牝たちの時代が花開くことになる。

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阪神3歳牝馬Sを独走し、4歳牝馬特別(現在のフローラS)でフサイチエアデールを破ったスティンガーだが、その強さが際立ったのは芝7ハロンの舞台だったように思えてならない。走ったのは生涯で二度きり。どちらも京王杯スプリングカップで、二度とも圧勝だった。

1回目は2000年。4角最後方のポジションから、目の前で凌ぎを削るグラスワンダー、キングヘイロー、ブラックホーク、ウメノファイバー、シンボリインディ、ディクタットといったGⅠ馬たちをなで斬りにして豪快に突き抜けた。

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2回目はその翌年。先に抜け出したブラックホークとスカイアンドリュウを一完歩ごとに追い詰めて、最後はクビだけ前に出たところがゴール。前年のような派手さはなかったものの、1分20秒1の勝ち時計は当時のタイレコードだからレベルが低いはずもない。ただ前年は武豊騎手、そしてこの時は岡部幸雄騎手の手綱だった。騎手のスタイルの差が現れた結果とも考えられる。

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いずれにせよ京王杯の長い歴史の中で、連覇を達成しているのはスティンガーただ一頭。01年といえば馬齢表記が国際基準に合わせて満年齢に変更となった年だから、スティンガーは京王杯スプリングカップを「5歳」で二度勝つという前代未聞の記録も持っている。

ちなみに「スティンガー」とは「針」の意味。ゆえにカクテルのスティンガーはブランデーをベースに、ペパーミント・リキュールを加えて味に鋭さを加えている。口当たりは甘いが度数は強め。そういう意味では危険な毒針だ。馬のスティンガーもそんな危険な香りを感じさせる一頭だった。勝つときは豪快。そして負ける時も豪快。21戦のキャリアで2着がないのである。調教で北村宏司騎手を振り落としたこともあった。そんなおてんば娘のレースを思い起こしながら、今宵はスティンガーで献杯しよう。

 

 

***** 2023/9/21 *****

 

 

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2023年9月20日 (水)

クラブ興隆の果てに

先週の3日間開催では、やたらとクラブ馬主が活躍した感がある。東西72鞍のうち、ほぼ半数にあたる35勝がクラブの馬によるものだった。勝利を挙げたクラブの数は実に16にも及ぶ。東西の重賞もクラブの馬がそれぞれ制した。インゼルとグリーンは前週に勝ったからまだしも、ウインやユニオンの会員さんは肩を落としているかもしれない。

キャロット 11勝
シルク    7勝
社台     2勝
サンデー   2勝
G1     2勝
東サラ    1勝
ラフィアン  1勝
ロード    1勝
DMM    1勝
ノルマンディー1勝
フクキタル  1勝
ライオン   1勝
大樹     1勝
ターフ    1勝
京サラ    1勝
ローレル   1勝

特にキャロットは計23頭が出走して(11,5,1,6)の固め打ち。勝率.478は驚異的だ。月曜の中山では10レースから怒涛の3連勝。ローズS優勝でオーナーランキング2位に浮上した社台レースホースを、翌日のセントライト記念優勝であっさり抜き返したあたりは、キャロットの地肩の強さを感じる。

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GⅠの成績だけを拾っても、桜花賞、ヴィクトリアマイル、オークス、安田記念をサンデーが、皐月賞を社台が、ダービーをキャロットが、そして宝塚記念をシルクが制している。いずれも社台グループ系のクラブ馬主であることは偶然ではあるまい。

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ここで言う「クラブ馬主」とは、クラブ法人所有馬に出資する出資会員を指す。JRAの正式馬主のことではない。クラブ馬主は実際には馬主ではないから、馬主席に入ることも、優勝馬の口取りに参加することも原則的には不可能。株で言えば、配当は貰えるが、議決権のないミニ株のようなものか。最近では馬主席への招待や口取り参加を認めるクラブもあるが、それはあくまでサービスの一環である。

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私自身、過去にはいくつもクラブを渡り歩いた。端緒を開いたユーワホースクラブで最初に出資したのはトウショウボーイの産駒だから隔世の感がある。以後、大樹、社台(のちにサンデーも)、シルク、ターフスポート、セゾン、ヒダカブリーダーズユニオンと節操なく手を出しまくった。だが、いまだ重賞勝ちはおろか、JRA重賞出走の経験すら持たぬとは情けない。せっかくだから過去の全出資馬の馬代金と預託費用の総額、さらに総獲得賞金を総ざらいしてみようかと思ったが、計算の途中で怖くなってやめた。おそらくクルマの1台や2台で済む赤字額ではあるまい。

私があちこちのクラブに顔を出したののにはワケがある。つまり、そこで仕事をいただいていたからに他ならない。そういう立場である以上、抽選必至の人気馬に申し込むわけにはいかず、ただひたすら残口を埋めるのみ。すくなくとも私の一口馬主ライフにおいて、残り物に福などなかった。

しかし、おかげで分かったこともある。もっとも大きな発見は、クラブは運営する側が圧倒的に有利であるということ。種牡馬入りに際しクラブ側が4割を取るなど、普通に考えたら非常識も甚だしい。牝馬の引退既定も同様。だが、その不利を承知の上で、クラブ会員の皆さんは先を争って馬に出資する。つまるところ、これこそが我が国の馬主制度の欠陥であろう。ファンサービスに力を注ぐのも構わないが、JRAの馬主冷遇には常日頃から思うことがたくさんある。

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ちなみに米国ではきわめて簡単に馬主になれるらしい。吉田直哉氏がスポーツ紙のコラムにそう書かれていた。馬主申請手続きがあまりに簡素だったので、「収入は聞かないのか?」と尋ねると「預託料を払えない人は馬主にならない」と返答されたとのこと。逆に徹底的に疑うのが日本である。その理不尽を突いてクラブ法人は勢力を拡大してきた。もちろん儲け主義一辺倒のクラブばかりではない。だがそれを思わせる新規参入もゼロではない。

クラブが興隆を極めることで不都合があるだろうか。プレイヤーの裾野を広げるというメリットはたしかにある。一方でクラブの都合が優先されることへの懸念は残る。それでなくてもいわゆる「使い分け」の議論は後を絶たない。折しもローズSで2着に入ったブレイディヴェーグの秋華賞回避が発表された。レース後の様子を見た上での判断だというが、同じクラブからリバティアイランドが出走を予定していることと無関係ではなかろう。

 

 

***** 2023/9/20 *****

 

 

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